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老いの春を、煌いて生きる

mahorobayy.exblog.jp

悔いなく生き切ることを目指す71歳の青春日記

・・・・・和気・・・わけ・・・WAKE・・・wake up・・・・・・・岩戸開き・・・・・・自分の岩戸を開こう・・・・・・和気・岩戸・・・・・WAKE・・・wake up・・・    ・・・岩戸開き・・・・自分の岩戸を開こう・・・・・和気・岩戸・・・・WAKE・・・wake up・・‐・岩戸開き・・・・・・・自分の岩戸を開こう・・・・・WAKE・・・・・・


                           ウェイキ ング    スペース      イ ン
        和気「あ ほ~庵」Wake-ing Space & Inn の ご案内

              天地と共に自分らしい人生を創造したいと思っている あなた
         幻想から目覚めて本質の喜びと繋がる自分で一歩を踏み出したい 仲間たちへ

     おだやかな自然に囲まれた吉井川畔の古民家「あ ほ~庵」じじ(^ム^)&ばば(^O^)です。
      私たちの生活を営む大好きなSpace、やすらぎに満ちた爽やかなSpace(時間と空間)に
                           いらっしゃいませんか?

   ・・・・・和気・・・わけ・・・WAKE・・・wake up・・・・・・・岩戸開き・・・・・・自分の岩戸を開こう・・・・・・和気・岩戸・・・・・



「あ ほ~庵」 Wake-ing ・ Space

昔 懐かし~い古民家ならではの素朴な和室ですが、2階の窓一杯に広がる自然の景観がなんともホッとし、
心がゆるみ心地良いのです。

鳥や虫たちの声、風のそよぎ、陽光にきらめく木々の緑、大河「吉井川」の穏やかな流れ、水鳥の舞い・・・・・。
五感を自然にチューニングして静かに安らぐひと時。
あなたの意識は思いもかけない目覚めWakeを体験するかもしれません。

このSpace(時間と空間)で、しばし頭の中の「パターン化された情報」のスイッチをOFFにして、あなたが
始まった最初のSpace、本来の自分のSpaceの素晴らしい感覚と再びひとつに繋がりませんか?



   ・・・・・和気・・・わけ・・・WAKE・・・wake up・・・・・・・岩戸開き・・・・・・自分の岩戸を開こう・・・・・・和気・岩戸・・・・・


Wake-ing ・ Space : ご利用メニュー

ここで「どのように時間を捉え、どんな体験を選択するか」を明確にイメージしてからお越しくださることを
お勧めいたします。



✩★✩ 「あ ほ~庵」開放日 予め日を定めて毎月1~3回実施 ✩★✩

開放時間:10:00~16:00 予約制 
       「あ ほ~庵」の建物や畑、丘などで ご自由にお過ごしください。
   ご利用料金: *簡単なワンプレートランチ+フリードリンク付き・・・2,000円  
            *フリードリンクのみ                 ・・・1,000円
  *開催日は決まり次第ブログに掲載します。



✩★✩ 開放日以外でのWake-ing ・ Space ご利用 ✩★✩

        ①  9:00~12:00     ②  10:00~13:00     ③11:00~14:00
     ④ 12:00~15:00    ⑤ 13:00~16:00
    *いずれかの枠で3時間自由にお過ごしください。

       1枠のご利用料金:     1人でご利用:1,500円  2人でご利用:1,300円/人 
                         3人以上でご利用:1,000円/人  (フリードリンク付き)

・オプションメニュー(事前にご予約お願いします。)
       ・ワンプレートランチ:500円  ①パン+サラダ+卵料理 または  ②玄米おにぎり+汁物+漬物
       ・ランチセット  :1,000円  ③は ①+追加料理1品+スープ+デザート または
                           ④玄米ご飯+おかず2品+汁物+漬物 
       
・庵主との懇談をご希望の方へ
     懇談料:最初の30分2,000円 以後30分増すごとに1,500円
         *2名以上の場合は1人につき時間に関係なく1,000円追加



✩★✩Wake-ing ・ Inn ✩★✩

*「あ ほ~庵」のワークやスペースを利用したことのある人、またはそれらの方からご紹介の有った人に
限らせて頂きます。
*予め、ここで「どのように時間を捉え、どんな体験を選択するか」を明確にイメージし、それを言葉や絵で
 表現し、じじばばと共有した後に、ご予約いただく1泊2日の滞在型Wake-ingワークです。

ご利用料金: ・1名15,000円~ ・2名12,000円~ ・3~4名10,000円~
          宿泊料、食事3食分(朝昼晩 各1食)、庵主との対話ワーク90分、和気駅への送迎を含む

    (チェックイン:11:00 チェックアウト:翌日15:00)
    *時間ならびに食事回数や滞在日数などを追加ご希望の場合はご相談ください。


✩★✩Wake-ing 個人ワーク ✩★✩

A.
庵主じじ(^ム^)による、オリジナルワークで、その方の今の状態とニーズに合わせて、心身両面から
アプローチする統合とコーチングの実践ワークです。(完全予約制) 
 
ご利用料金:1回約90分 6,000円  延長30分毎に1,500円追加
      *出張ワークも可能です。お気軽にご相談ください。(別途出張料要)

B.
「あ ほ~庵」ばばによる、キネシオロジーワークで、筋肉反射テストを利用して経絡の乱れを調整し、さらにはその方の今の状態やニーズについて、その人の潜在意識からの声も聞きだしながら、心身の統合や自己実現を可能にするホリスティックなヒーリングです。その人の状況に合わせ、アロマその他のヒーリング手法も総合的に組合わせることで、確実な効果が期待できます。ワークの中で、変化を本人が体感できるのが特徴です。

ご利用料金:1回約90分 6,000円  延長30分毎に1,500円追加
      *出張ワークも可能です。お気軽にご相談ください。(別途出張料要)


・・・・・和気・・・わけ・・・WAKE・・・wake up・・・・・・・岩戸開き・・・・・・自分の岩戸を開こう・・・・・・和気・岩戸・・・・・WAKE・・・wake up・・・    ・・・岩戸開き・・・・自分の岩戸を開こう・・・・・和気・岩戸・・・・WAKE・・・wake up・・‐・岩戸開き・・・・・・・自分の岩戸を開こう・・・・・WAKE・・・・・・
# by mahorobanokimi | 2012-04-29 02:12 | あ ほ~庵ご利用について | Trackback | Comments(1)
寒い日が続き、春分を過ぎても梅と椿が咲き続けている和気です。

そんな和気の3月24日(土)は、私の記憶ファイルに残る1日になりそうです。

この日は、シェアハウスや新しい形の子供教育に関心のある若い女性が、「あ ほ~庵」を訪ねて来られることになっていました。

阪神間から来られたそのお嬢さんと共に「やすらぎの泉」を訪ねると、ちょうど延藤牧師と教会学校の若者たちが、「やすらぎの泉」のお母さんたちと昼食をとりながら交流会を始められているところでした。

最初は少し引き気味だった学生さんたちも、関東の故郷を出る前のお母さんたちの不安や孤立感、そして知らぬ町への避難を決意してくるまでの苦渋の決断など、お母さんたちの生々しい体験談を聞いているうちに、身を乗り出すように聞き入って行きます。
今まで厳しい自然災害などの体験の無い地元の若者たちにとっては、東日本大震災や放射能汚染は比較的遠いものだったのかも知れません。しかし、生身のお母さんたちのリアルな話が、彼らの心に生き生きと伝わって行ったのではないでしょうか。だんだん人事ではないんだなという表情に変わっていくのが感じられました。

そうこうするうちに、教会の方がにぎやかになってきました。
おいでんせぇ岡山のゆうゆうさん、麻理ちゃんや和也君におにゃン子先生も到着です。

この日は、「岡山から被災地に手仕事を届ける会」の皆さんが、被災者の母子さんたちに、自分たちが手仕事で創った作品をプレゼントしようと、来てくださったのです。
この様子は、その会のブログに詳しく書かれていますが、手作りのぬくもりの伝わる焼き物やおもちゃや様々な小物に、母子さんたちの顔が一斉にほころびます。

私はお客様と一緒に、すぐに会場を離れ一旦帰宅したのち、夕方からの食事会に参加しました。
この食事会はやすらぎの泉に滞在した後、ご主人を関東に残して近くに移住して来られていた母子さんが、再度移転されることになった送別会だったのです。といっても、関東に残っていたご主人がこの近くに転勤されることになったので、再びご主人の通勤に便利な場所に移って家族一緒に住むようになると言う嬉しい出発を祝福する会だったのです。

しだれ梅の美しい庭で子供たちが遊んでいます。

そしてキッチンには、一品もちよりの食べ物がずらりと並べられて、まるでバイキングのカフェのようです。
ご飯はほとんどが玄米。肉類もほとんどありません。結構マクロビ的な健康食が多いようです。
放射能汚染からわが子を守ろうとする戦いの中で、今まで信じきってきた政府や行政、マスコミ、大企業などの嘘に気づき始め、自分たちの心身の健康を守ることは自己責任でやっていく必要があると自覚され始めているからでしょう。
栄養学や医学の情報も鵜呑みには出来ないし、野菜その他の食材も、よくチェックしていないと関東の野菜が岡山の野菜に混ぜて売られている、と母さんたちは わが子を守るために真剣に向き合い、仲間内での情報交換も積極的なようです。
東日本大震災は確実に目覚まし時計のベルの役割を果たし始めているようです。

「Nさんいってらっしゃい会」と名づけられたこの食事会の企画や準備もみんな仲間のお母さんたちです。
「やすらぎの泉」に入居中の人も、入居体験後近くに移住してきた人も みんな仲間です。
入居経験が無くても繋がっている移住者さんたちも来られています。みんな意識はやすらぎママのような一体感で動いておられるようです。

どんどん集まってこられる母子さんたち。10家族は越えているようですが、余りに多くの母子さんたちが動きまわっておられるので、正確な人数は分かりません。小さな子供さんも入れたら30人近い人が動き回っている感じです。

小さな子供たちが待ちきれないようなので、みんながそろうのを待たずにすぐに食事会が始まります。
でも、あまりおなかのすいていない子がぐずり始めると、何人かのお母さんがさっと立ち上がって隣の部屋に。

歌いながら踊り始めたお母さんたちに、ぐずっていた子供たちもたちまち巻き込まれて、楽しさの渦が巻きます。
ビールを飲みながらにこやかに話し合っているお父さんたちも居ます。
30人近い人たちが、思い思いに動いていて、あちらこちらに色んな渦があるのに、それらが互いに孤立することなく、自然に溶け合っている不思議な雰囲気なのです。
お互いにまったく気を使う必要の無い親しい大家族が、自由に楽しんでいる感じです。というより、そこには血縁の家族以上の親密さと温かさがあります。
私の心には不思議な静けさが広がっていきました。

核家族化で日本が失った大きなものを取り戻すのには、様々な人々が関係性から学べる共同的な暮らしの体験が最も効果的だと信じ、だからこそシェアハウスもぜひ実現したいと思ってきた私にとっては、それこそ望んでいたものが姿を現した感動の瞬間だったのですが、意外とその感動は静かなものでした。

放射能の恐怖に震えながら、外で遊ばせることの出来ない子供たちとずっと家の中にこもり、インターネットに向き合い続ける日々に疲れ果てていた日々・・・・
そして今までの人生で予想もしなかった、見しらぬ遠い西の田舎町への母子避難の決断。
ストレスで擦り切れそうになってやって来られたお母さんたちが、遠い旅路の果てにたどり着いた古民家で、同じ立場の仲間たちと心開いて繋がりあえたときの安堵感が如何に大きかったか・・・

お母さんたち同士の親密で安らかさに満ちた交流、子供たち同士が兄弟以上の親しさで共に遊ぶ様子、どの子がぐずっても、そばにいるお母さんが自分の子供のように自然に関わってあげる姿、だれもがしたいことをするのに、周りへの気配りはあっても妙に気を使ったり気兼ねするような様子はどこにも無い。
子供たちの歓声で賑やかなのに、依然として私には、なぜか不思議な静けさのある空間に感じられました。

今ではやすらぎママさんたちのお父さんのような役割を一手に引き受けて下さっている延藤牧師が弾き語りをされるギターを、幼いKちゃんは一緒にたたき続けます。無心な天使のような姿です。
確かさっきは電子ピアノの演奏のときも一緒に鍵盤をたたいていたKちゃん、きっと音楽的な才能を持った魂なのでしょう。

やがて、仕事場から駆けつけたカズさんが待ち構えていたゆうゆさんとのヒコヒコとして演奏し始めると、すっかり常連ファンになっている子供たちが歌の掛け合いを見事に返しながら、一斉に踊り始めます。

そうです延藤さんもヒコヒコも私たちも、もうみんなここでは家族なのです。

この日、お母さんたちから、おいでんせぇ岡山西江リーダーが企画中のフリースクールが今どうなっているのか、何度も聞かれました。動き始めるのなら、協力して一緒に理想のものを創って行きたいとお母さんたちも思ってくださっているのです。
もうここには被災者も支援者もありません。ともに繋がって未来に向けて歩み始めた大きな大きな家族があるだけなのです。

旅立つNさんの挨拶を聞くお母さんたちの表情は、分かれる寂しさより、家族一つになるNさんの喜びを分かち合う笑顔で一杯でした。
そして、「またしょっちゅう帰ってくるよ」というNさんの言葉にも、みんなごく自然に「当然よね」というように大きな拍手が贈られたのでした。

イベントの企画運営も、発信も 自分たちでどんどん進められ、機会があれば後に続く自主避難者さんたちの力にもなりたいし、いずれは皆で協力して自立のための社会起業することも考えたい・・・
この日会話を交わしたお母さんたちのアグレッシブな姿勢に、「やすらぎの泉」が果たしてきた役割の確かさを実感すると共に、目の前の命の渦が、もう新たな「国創り」という次元の入り口に差し掛かっていることを確信したのでした。

# by mahorobanokimi | 2012-03-28 19:16 | おいでんせ・やすらぎ関連 | Trackback | Comments(0)
私たち人間が、病院も医薬品も無い時代から、何万年も生き延びてこられたのは、私たちが本来的に健康になる能力を持っていたからだということは間違いないと思います。

一般的にはホメオスタシス(生体恒常性)と呼ばれるこの能力を、もし最大限に活用しつづければ、人は本来健康にならざるを得ない仕組みになっている筈なのです。

私が生まれた時からお世話になって来た西式健康法では、意識のもち方や不調和なライフスタイル(衣食住の在り方や体の使い方、生活リズムなどすべて)、そして環境悪化などにより生じた不調和が、病気と呼ばれる状況を作り出すが、それこそホメオスタシスの現れであることを明確に教えられておりました。

言い換えると、「病気の症状そのものが、自己治癒の現われなのだ」ということです。
人本来の健全な自己治癒力の発現として症状が現れているのだから、感謝して見守り経過させると共に、その症状で失うものを補充したり、症状が目的としている不調和を早く調和に戻すサポートをすることが本来の手当てであり医学である・・・西勝三先生はそのような意味のことを繰り返し言っておられました。
まん丸なトンボ眼鏡をかけた西勝三先生の穏やかな笑顔を、今でも思い出します。

余談ですが、私が中学生になる頃には、そんな先生の活動に厚生省や医師会からの弾圧がだんだん厳しくなってきていることも理解できるようになり、本当の医学を育めないこの国のおかしさにも気づき始めました。
このあたりのことについては、また別の機会に詳しく書きたいと思います。

人間本来の健康力を高め、医薬を必要としないような人生を送るために、想・息・食・動・環という5大要素のへのホリスティックな取り組みこそが必要であり、その中でも、もっとも大きな影響を持つものが、意識の持ち方(想)と人との良いつながり(息=愛の循環)だと 私は確信し、これから普及して行きたいと考えている「あ ほ~庵」流の健幸道の基本にすえております。

昨年来、被災母子さんたちにシェアハウスを提供したいと思ったのも、同じ思いからです。

西式健康法でも、意識の持ち方と皮膚、栄養、四肢という4大要素を基本として指導されておりますが、具体的な健康法としては、意識の部分は余り詳しく指導されていないように思いました。
高校時代に読んだ書物のおぼろげな記憶ですが、西先生自身は、末那識から阿頼耶識そして涅槃に至る道筋を、脳の構造とリンクさせて分かりやすく説明されていたように記憶しています。
恐らく唯識論の研究も深くなさっていたのだろうと思います。

すこし難しい話になってしまいましたが、今日の本題は、私が健幸道でもっとも重要だと考えている、意識の持ち方と周りの人たちとのつながりのあり方について、明快に裏付けてくれるようなTV番組があることを知りましたのでご紹介しておきます。
(我が家にはテレビがないのに、人様のブログの中で紹介されていた記事から知ることが出来ました。感謝です。)

そのテレビ番組とは、2012年3月1日 アンビリーバボー500回記念SPに放映された「奇跡には理由があったスペシャル」の一部にあった 増田有華(AKB48) 幸せホルモンが生む奇跡です。

どうぞ、もっと健康力を増進したい方は、終わりまでご覧下さい。
特に、東日本大震災に伴う辛い体験をされ、放射能の恐怖にさいなまれて来られたお母様方には、ぜひこれをご覧頂き、意識を人生の喜びや光にフォーカスし続ける生き方に転換していただけたらと思います。

放射能汚染への恐怖や不安へのフォーカスは、心理的なストレスを与え続け、放射能自体よりも大きなマイナスを心身に及ぼします。
さらに「病気になりたくない」という思いが、結果的に潜在意識にインプットされると病気を引き寄せるように、不安にフォーカスし続けていると、潜在意識はその状態を引き寄せてしまいます。
●●したくない。というとき、潜在意識には●●だけが入り「したくない」は入らないからです。
だから私たちは、「病院」という呼び名ではなく「健幸院」という名のホリスティックに喜びの暮らしに向かう施設を、近い将来に創造して行きたいとも考えているのです。

私たち夫婦が、避難してこられた母子さんたちに、「常に喜びや夢にフォーカスするというあり方を新しい習慣にして行きませんか。」といい続けているのも上記のような思いからなのです。
子供さんと十分スキンシップしながら、新しい喜びの人生創造に向けて、ご一緒に歩んで生きませんか。



# by mahorobanokimi | 2012-03-26 18:32 | 知っていただきたい健康情報 | Trackback | Comments(0)
3.11のイベント準備で3月5日においでんせぇ岡山のミーティングが開かれた。

船越さんの講演会や黙祷のイベント準備ということで、いつもの常連以外のメンバーが参加、
その上つい最近移住してこられたばかりの被災者さんもメンバーに加わり、活気に満ちている。

リーダーの西江さんも、いつに無く左脳を使っている?のか、手際よく議事が進行する。

そしてゆうゆうさんからは、黙祷についてもっと思いを注ぐようにしたいという提案。
最初は、他のイベントなしで静かに皆で黙祷するだけの方がピンと来ると思っていたとの発言。

用意されたシンプルで美しいチラシが、ゆうゆうさんやまりちゃんの思いを表している感じだった。

被災母子さんのほとんどがお子様連れとなるので、それへの対応が前回のミーティングでも
ずいぶん議論されたが、その後の準備で部屋中に座布団が敷き詰められることになったり、
会場内に子供さんの遊び場コーナーをもうけるとともに、4時からは託児室に当てる和室との
間を行き来できるようにしたり・・・といろいろ工夫することで何とかなりそうな見通しがついてきた。

この部ループのミーティングは、皆がまったく平らな関係の中で、気軽に正直に意見を出せることだ。

そしてリーダーも、役割として司会などしているが、詰まってくるとさっさと休憩に出て行く。
どうも煙でいぶすと 脳の機能が回復する構造になっているらしい。
このリーダーが時々見せるずっこけぶりが、常に皆を和ませ、このグループの寛いだ風土を
つくる大きな力になっていると思われる。

いつもミーティングの会場(カフェレストSALA)を提供し、飲み物やお菓子をボランティアして
くれているオーナーの木原さんは、いつも会場全体に気を配り飲み物の補給などしながら、
打ち合わせが進んで、議事の整理が必要なときが来ると、さっと前に出てきて、いきなり
ホワイトボードに見事に整理された記録を書き出す。あっという間に今までのこんがらがった
議論も見事に整理され、美しい字で書き出されたボードを、皆があわてて写真に撮る。
こんな芸当が出来る人は、そうはいないだろう。

あんな木原さんも、最近は楯突遺跡の近くの自然農園にエネルギーを注いでいる。

この日のミーティングでは、西江リーダーがいつに無く整然と進行をリードしてくれたのと
新しく参加してくれた移住者の五十嵐さんが、ボード書き役をやってくれていたので
木原さんの出番は無かった。

それぞれが、心から寛ぎながら、本音でトークし、それぞれが必要なところで得意技を
生かして意見を出したり役割を引き受けたり・・・・このそれぞれが自分の個性を自由に
活かしながら、常に主体的に関わる形が、まさにこのグループの真骨頂といえるだろう。


この日の真骨頂は、一通り議題が終わった後から始まった。

西江さんが、最近候補地も現れ、実現に向けて動き始めたフリースクール実現という彼の
ビジョンについて、皆に分かち合いを始めた。
被災者のお母さんたちにもアイデアを出してもらい、どんなスクールにしたらいいかを考えます。

まるで、宝物を見つけた子供のようにワクワク、生き生きと夢を語る西江さんの顔を見ていると
こちらまでワクワク気分に満たされ、つい笑顔になってしまう。

そんな話の続きで、「今回の東日本大震災のおかげで、みんなが立ち止まり、あり方を見直すことで
地球も私たちも破滅から救われる。まさに震災は私たちのひきつけた物であり、天から与えられたありがたいプレゼントだ。
被災地の人々は、そのために犠牲になるお役目を引き受けてくださったのだと思う。」・・・確かそんな
意味の話をした。
私も、同じような見方をしていたので、胸の中でそうだそうだ、と頷いていた。

とそのとき、前の方にいた被災者の五十嵐さんが、
「西江さん、まってください。その話は頭ではそうなのだろうな・・・と思う面もあるけれど、被災した者の
感情からすると、今は とても受けいれられません。辛いです。」と声を上げられた。

一瞬場が凍った。
大きく目お見開いて立ち尽くす西江さん。
同じように、私もギクっとして凍った。

しばらくして西江さんが口を切る。
「すみません。内側で しまった。嬉しい気持ちを皆に聞いてもらうことに夢中になって、聞いて
くれている人が、受け取れるかどうか、どう響くかには全く意識せずに話してました。
・・・・正直、内側では まだ弁解したくなる自分もいます・・・・。
でも、やはり私の配慮が足りませんでした。五十嵐さん正直な気持ちを聞かせてくださって
ありがとう。あなたの勇気に感謝します。」
自分の内側に問いかけながら、正直に とつとつと話す西江さん。

私の内側でも、西江さんと同じような問答が繰り返されていた。
「そうだなあ、私も調子に乗って話し始めると、相手がそれを受け取れる状態なのか、
今どれだけ受け取れているのか には意識が向かなくなることが良くあるよなあ。
やはり常に、私も、お相手が今どんな気持ちなのか、意識を相手につなぎ続けることを忘れない
ようにしなけりゃいかんなあ。」

凍っていた場の雰囲気が次第にほどけてくる。
周りから、
「五十嵐さんよく勇気を出して言ってくれましたね。すばらしいと思います。」
「おかげで私たちも学べましたよ。」
「真摯に受け止め、正直に自分の気持ちを表現する西江さんもすばらしいと思うよ」
様々な声が飛ぶ。
お互いに正直な気持ちをシェアし合える嬉しさと、安心してそんなことが出来るあったかい
仲間とのつながりに、涙があふれるような場面が続いた。

始めて参加した五十嵐さんが、リーダーの西江さんに正面から、その話は受け取れない・・と
反論するのは、本当にすごい勇気だと思う。
と、同時に、それが言えたのも、おいでんせぇ岡山の温かくて緩やかな雰囲気があったからこそ
では無いかと思う。

人は、安全な愛の空間にいるときに 自分の殻を破るようなチャレンジにジャンプする勇気が
湧いてくるものだということをワークショップなどで何度も体験している。
おいでんせぇ岡山仲間内の愛と信頼に満ちた空間だからこそ、そして西江リーダーの緩やかさが
引き出すなんでもOK的な雰囲気があるからこそ、初めての人でも、率直に自己表現する勇気が
湧くのだという見方も出来るのではないだろうか。

この夜ここで体験した、一瞬の凍るような対決と、それを皆がチャンスとして捉えて、熱い分かち合い
の渦を創り出して行ったプロセスは、まさに今のおいでんせぇ岡山の本質を顕すものだと思えた。
そして、これこそが、国創りの基盤を創るもっとも大切な、そして一般的にはなかなか創りにくいもの
なのではないだろうか。

みんなが常に対等な関係を保ちながら、お互いに慈しみをもって向き合い、本音でつながりあう。
理屈や正しさより、今ここの喜びを大切にし、過去にも未来にも囚われない自由なあり方を探求する。
一人ひとりが皆、自分の自由意志で、やりたいからやっているし、やりたくないことはやらない、と
はっきりしているから型にはまった組織もない。
常に、問題に注目するより、喜びの創造の方に意識を向けることのほうが大切にされ、何が起きても
偶然はないし、すべては学びと成長のチャンスとして自分が引き寄せたものだという観点から見てみる。

これらのことは、私が考える地上天国的な國を創るための必須条件だと 私は思っている。
いや、人々がこんなあり方でつながりあうことが出来れば、そこがすなわち地上天国ではないのか、
とさえ思う。

きっと、ごく自然にこのような在り方でつながりあえるようなグループは、そんなに沢山は無いだろう。
そう思うと、今眼前にいる仲間たち、このおいでんせぇ岡山の仲間のあり方こそ、すでに國創りを
実現している姿ともいえるのではないのだろうか?



# by mahorobanokimi | 2012-03-09 13:35 | おいでんせ・やすらぎ関連 | Trackback | Comments(0)
いち@311
「祈り、調和、希望」の3つのキーワードを共に、昨年の痛ましい出来事から一年を迎えるこの日、亡くなられた方たちへ哀悼の意とともに花を添え、様々な壁をなくし、大きな負の遺産を抱えてしまったこの日本の中でひとつの[希望]を見いだせる一日を演出したい 

次世代へ私たちはこの日本をどう繋げていきますか??

あの痛ましい東日本大震災から一周年の3月11日、私たちは他のグループの仲間たちと共に、祈念のイベント「いち@311」に参加します。
どうぞ、どなたでもご参加ください。



1.黙祷   3月11日 14:46より2分間

   おいでんせぇ岡山では、この日にみんなで祈る時間を持ちます。
     
   地球が回転する音・シューマン共鳴サウンドを流して
   クリスタルボールの生演奏との共演の中で・・・・・

   その場に集まってくれた方々と心を合わせ
   静かな祈りの時間を持ちたいと思います。

   場所は、下石井公園・特設献花台前 おいでんせぇ岡山ブース周辺です。
   
   主催 おいでんせぇ岡山


2.船越康弘さんお話し会 3月11日 15:30~17:30
   
  ◆未来を創る暮らし方 ~食べ物で防ぐ内部被曝~』


   黙祷の後には、重ね煮で有名な、
  百姓屋敷わらの船越康弘さんのお話会
   を主催します。
   
   食を通じて自己治癒力を高め、健康を維持発展させる知恵やヒントを
   たっぷりお話いただけると思います。

   特に今回は、放射能被爆への対策としても有効な玄米と発酵食品のとり方や効果
   についても詳しいお話を聞いたり質問したりできる貴重な機会になると思いますので 
   被災者の皆さんに、ぜひお勧めしたいと思います。
   (お子様連れでの参加もOKです。ただしできるだけ事前にご予約ください。)

   食を通じた被爆への対応効果は、長崎原爆投下の後、長く現場で治療に当たられた
   秋月辰一郎医師の手記に明らかにされています。
   
    ●日時:2012年3月11日 開場15:00/講演15:30~17:30

    ●場所: 出石コミュニティハウス(岡山市北区幸町10-10)
                      (3.11の記念式典を行う下石井公園横)

    ●料金: 疎開者さん:500円/一般 1,000円 / 中学生以下無料

    ●主催:おいでんせぇ岡山

    ●共催:和楽プロジェクト

    ●問い合わせ/お申し込みは、
     携帯:   090-6067-1861 (ゆうゆ)
        E-mail: hiko.nishie@gmail.com (にしえ)
                    ※当日は、お申し込みなしでも入場可能です。

    ●船越康弘さんのプロフィール
       

      1956年岡山県生まれ。 20歳の時、食養を世界に広めた故 桜沢如一氏の思想に出会い、
      食べ物を変えると人生も変わることを実感する。
      その後、故 小川法慶氏に師事し、1986年吉備高原の山奥で自然食の宿「 百姓屋敷わら 」
      をスタート。
      自然食は単なる健康志向ではなく、「おいしく・楽しく・ありがたく」をモットーに幸せと感謝の
      生き方に進化発展させる。
      やがて心も体も癒される宿として人気を集め、全国各地から年間3000人が訪れる民宿と
      なる。
      現在は「百姓屋敷わら」を営業しながら、食と幸せに関する講演、重ね煮を中心とした
      料理教室などを行う。 シュタイナ−哲学にも詳しく、実践家でもある。
      ■主な著書「わらのごはん」「わらの料理」など他多数。


★下石井公園のメイン会場出展ブース10時~では、
    
    和楽プロジェクトさん&おいでんせぇ共催ブースを開設します。
    玄米茶、玄米コーヒー、和楽うどん、船越さん著書、
    すばらしい太陽のオーラ写真の展示即売etcを予定してます♪
    どうぞお立ち寄りくださ~~~~いね。

# by mahorobanokimi | 2012-03-09 12:59 | おいでんせ・やすらぎ関連 | Trackback | Comments(0)
あなたはThriveという映画を、もうご覧になっただろうか?

私はごく最近友人から薦められ、DVDをプレゼントされて始めて見たのだが、昨年から知る人ぞ知る映画だったらしい。
http://ec2.images-amazon.com/images/I/51bhZlMIYZL._SL500_AA300_.jpg

最近アマゾンでも取り扱いがはじまっているので簡単に入手できるし、各地で上映会も始まっているようだ。

見終わった私の感想をひとことで言えば、ついにここまで表現できる時代になったのだなあ!ということであった。

内容は・・・いやそれは書かずに置こう。
今までの日本がなぜこんな社会になってしまったのかについてのヒントが網羅されていると私は思うが、興味があればあなた自身でまず見て欲しい。
見た後で、共鳴したり反発を感じたり、そんなばかなと思ったり・・・人により反応は様々だろう。
だができれば、もしこれが事実だとしたら、という観点から、一度じっくり自分の暮らしや仕事の実情を見直して見ることをお勧めする。

私自身は、すでにこの20年ほど、様々な情報源や書籍から、このような世界や仕組みについて学んできて、この映画の情報のほとんどは事実だと思っているが、それをあなたに押し付ける気は無い。
しかし、こんなものが世の中で拡散しだすとしたら、明らかに世界の仕組みが大きく変わる転換点が、今眼前に開けつつあるといえるのではないかと思う。

そして3月4日には池田整治さんの岡山では初めての講演を聞いた。

著書マインドコントロール、マインドコントロール2や転生会議などを拝見して、腹と胸と頭の統合された文武両道の現代のサムライと理解してはいたが、普段見かけるWebの写真などから、ついいかめしさや厳しさを予想していた。が、ご本人はとても穏やかで温かい感じの方だった。
考えてみれば、命をかける武人としての覚悟と同時に、優しい家族への思いがつずられた著作「心の旅路」を出されたり夕日の写真展でグランプリをとるようなすばらしい写真を撮られる方だから、それも当然であろう。

実体験に基づいたお話の多くは、著書にも書かれていたものではあったが、直接伺っていると、池田氏が言葉を発せられる前に、内にあるあふれるような思いの方が先に伝わって来て、言葉を聞く前に私の内側から涙があふれてくるような体験を何度もさせていただいた。

日本というこのすばらしい国と民が、世界的な規模で影響を行使してきた陰の勢力により、戦後のあるいは明治以後 いかに洗脳され貶められてきたかが、実にわかりやすく話された。

一人でも多くの人に、池田さんの話を聞いてもらいたいと思う。せめてマインドコントロールに関する著書を読んで見ていただきたいと思う
先にあげたThriveの内容が、より現実的な形で浮かびあがり、あなたの人生を多い尽くしているマトリックスの世界にひびが入り始めるかも知れない。


正直言って、私はこのような話題に正面からは触れてこなかった。陰の勢力の力を知れば知るほど、そのことを暴くと、圧力がかかり、地上天国のようなコミュニティーを創りたいという私の夢が押しつぶされるのではないか、と恐れていたからだ。
しかし、Thriveをつくったフォスター・ギャンブルさんも、また池田整治さんも、恐らく影の勢力から狙われ、場合によっては暗殺される危険さえあることを、きっと覚悟して立ち上がられたと思う。お二人の勇気に触れて、臆病な私も、これからは、このテーマと向き合っていくことを発信する決意を付けさせてもらった。


思えば、私が1年前おいでんせぇ岡山に参加したのは、「東日本大震災や放射能被害に遭って、避難して来られる方々の中にこそ、この国の政治やマスコミの撒き散らす嘘に気づき、マインドコントロールされてきた事実に気づき始めた人たちが多くいらっしゃるに違いない。」「そんな方々とつながって、本当に命のつながりと愛の渡しあいを基とする新しい社会を創りたい。」という動機からだった。

またいずれ詳しく書いていこうと思うが、現実に「やすらぎの泉」に来られたお母さんたちの多くが、「今までもっとも大事だと思ってきたお金や財産や、ステータスは、ここで体験している命のつながりと比べたらどれほどの意味を持つのかと思うようになった。」という意味の話をされるようになってきている。
明らかに、東日本大震災が、マトリックスに閉じ込められている状態に人々が気づく「目覚ましベル」となってるのだ。

長年にわたるマインドコントロールにより、私自身の中にも多くの思い込みや自分を縛る考えがしみこんでいた。そのことに気づいてから今までの20年近い歳月、私は自分で洗脳解きをやり続けてきた。
自分で取り入れたものは、気づきさえすれば手放せる。しかし、自分でも驚くほど深いレベルまで浸透している思い込みも多い。
このセルフ洗脳解きの旅はまだまだ続くのかもしれない。

いずれ、新しいコミュニティー創りの準備としても、目覚めのワークショップをやる必要があるなと思い始めていたが、今回Thriveや池田整治さんとの出会いが続いたことで、一層その思いが強くなってきたことを告白しておこう。

# by mahorobanokimi | 2012-03-08 23:29 | 社会の在り方を考える | Trackback | Comments(0)
始めて草場一壽先生の陶彩画に触れ、余りのインパクトに夫婦二人で3時間も会場で立ち尽くしていたのは、確か2005年のことだった。
大阪産業創造館で開かれた「奇跡の輝き陶彩画展」でのことだった。
入り口そばに掲げられた「I remenber you.」を見た瞬間から青い無限の宇宙に投げかけられた限りない愛の哀しさのような感情が胸を貫いて動けなくなったのを覚えている。

あのときは大きな抽象絵画の陶彩画も多く並べられ、何度も、否応なく次元を超えた世界に連れ去られるような感覚を体験した。
「時の番人」とか何かそんな名前の作品の前では、自分が異次元の不思議な空間で揺らめきながら、なぜか妙に懐かしいエネルギーを体感した。

その後2007年だったか神戸での展覧会で見た青一色の抽象画も強烈だった。
親友のひとみさんがその絵の前でシンギング・リンを演奏してくれたとき、またあの次元を超えた世界に連れ去られるような感覚に酔わせてもらった。

まだ陶彩画を見たことが無い方は、このビデオをご覧になると感じをつかんでいただけるだろう。
http://www.youtube.com/watch?v=fPwiW508LSg
また、ホームページはこちらをごらん頂きたい。

そんな草場一壽先生の新しい陶彩画展が名古屋で開かれるというので、ちょうど妻の実家に里帰りしたついでに日を延ばして展覧会を見せてもらうことになったのだ。

今回は何と言っても竜年にちなむという一連の竜の作品の迫力がすごかった。

この竜などは、およそ私のイメージには無かった光の竜だった。
光そのものが竜の姿をとって動き始めたと言う感覚があった。
恐ろしさよりも神々しさに惹かれた。

光が渦となって宇宙を創り出してゆく姿のようにも見えた。

見るものが動くたびに、うろこの色が虹色に変化するさまは、まさにこれから開かれるミロクの世の、人々が自分らしさを100%活かしきって花咲く繚乱の世界を暗示しているように、私には思えたのだった。
また草場一壽先生の新しい世界が開かれたことを実感する展覧会だった。

この日、会場には草場先生の奥様弥生さんが来られていた。
実は、私はあった瞬間お嬢さんだと思ってしまい、大変失礼したのだが、それが無理ないほど弥生さんが若々しくなっておられたのだ。
また絵を描き始めましたと言われるみずみずしい笑顔がまぶしかった。
ご夫婦あい並んで、どんどん進化していかれるお姿にあやかり、私たち夫婦も進化し続けたいなあと思った。
お話を伺うと、草場先生は他の用事があって、名古屋の初日にもかかわらず、会場にこられないということで、わざわざ奥様が日帰りで佐賀から出てこられたとのことだった。

会場を出ると、オアシス21の芝生に春の光がきらめいていた。
外の空気を思い切り吸ったら、腹の虫が泣き出したので、つぎの予定のバイキング会場に向かった。
義父が以前より元気になり、左目が見えない不自由さもあまり気にならなくなったようで嬉しかった。
妻の父母や姉親子との楽しい昼食が終わると、次は阪南の妻の祖母に会いに向かった。

91歳になった祖母も、4年前に会ったときよりも元気になっている感じだった。
久し振りに祖母に触れ合った妻は、一瞬にして幼い頃の気分に戻っているようだった。
自分で起こした介護の事業で大忙しの叔母も、疲れも見せず元気に駆け回っているようで安心した。

とにかく今回の旅で印象に残ったことは、大切な人たちがみんな何故か若返り元気になっている感じがしたことだった。
「信じていることが現象化する。」という観点からすると、年とともに老化するとか弱くなるという観念がなく、日々ワクワクしながら喜びに生きている人は年を取らないどころかどんどん若返っていく時代になったのではないだろうか。
私もこの人たちのようにどんどん若返り、元気になっていこうと思う。
# by mahorobanokimi | 2012-03-07 02:21 | 「あ ほ~庵」日記 | Trackback | Comments(0)
2月24日百姓屋敷わらで田中優さんのお話を聞き、美味しい手打ちうどんを堪能した私たち夫婦は、そのまま大阪に走り、市内船場の天使河原紫翠先生の展覧会に駆けつけた。
折からのラッシュアワーで、会場に駆けつけたのは午後7時を過ぎたころだったが、お二人は気持ちよく迎えてくださった。

今回の展覧会は、かって癒し絵画に転じられる前に紫翠先生が描かれてきた日本画全てを、手放すように、というメッセージが下りてきたので、思い切って手放すことにし、手放す前の思いをこめて、展覧会をなさったとのことだったのだ。

たしかにナレーションを担当させてもらった「光彩(ひかり)の奇跡」の映画の中で、紫翠先生が寺田のり子先生の頼みで、すでに画壇での評価も得ていた神話などの日本画を手放し、癒し絵画に転ずるかどうかで悩まれたということが描かれていた。
長年の研鑽努力で築いてこられた日本画の実績を手放すことには、きっと愛する娘を嫁にやる以上の寂しさがあったのではないかと思っていたが、今回はそれらの作品自体を手放されるのだから、内心ではさぞ名残惜しく感じていらっしゃることだろう。


会場に着くと、紫翠先生は来客中で、寺田のり子先生が真っ先に出迎えてくださった。
映画の後、再び体調を壊し入院されているというお話を聞いていたので内心では案じていたのだが、弾むように近づいてこられたのり子先生の元気そうなご様子に、不安は吹っ飛んでしまった。
数値的にはあまりよくないのに至って元気なのり子先生に、主治医の先生も首を傾げておられるという。
ほとんど見えなかった目も、以前は治療の見込みなしと言われていたのに、いつの間にか手術が出来るほどに回復していたので、手術を受けてちゃんと見えるようになったのだという。

医学の常識を覆すような回復を実現されたのは、とにかく命ある間に少しでも人を救う癒し絵画を創り出しておきたいという強い願いとのり子先生の高い意識が天を動かしたということなのだろうな、と私は思った。

やがて紫翠先生ご登場で、展示されている絵についてお話いただいた。
実は、今回展覧会を企画し案内を出したところ、驚いたことに展覧会の前日までに全ての絵が売れてしまったとのこと。
きっと今の時代にこそ、広く人々に神の思いを伝えるお役目を果たすべく今日まで待機してきた絵たちだったのだろうと思った。

中でも、最も大きかった神話の絵が、宮城の被災者さんからのたってのご希望で、被災地に送られることになったそうだが、その絵を求められた経緯のお話は特に感動的だった。
買主さんは自らも被災されており、この絵を飾る予定の建物も、まだこれから再建築するところだが、「他の被災者さんたちを勇気付けるために、この力強い絵を見せてあげたい」との思いで買い求められたという。

絵にまつわる色んな話を聞かせていただいていると時の経つのを忘れてしまう。
やがて、展示されている絵の原画まで出してきて見せてくださった。

一つは三輪山を描いたスケッチだった。
昔、現地に立って一気にスケッチされた絵だとのこと。実に生き生きした気の流れが充満する絵だった。
麓に大神神社を抱き、雲や霞をまとったご神体山は、私には巨大な竜神さまが風に乗り、風をまきながら舞っておられるお姿に見えた。

また、天孫降臨の原画も見せてくださった。
サルタヒコノミコトやアメのウズメノミコトに先導させて、りんりんたる気迫で葦原中つ国を目指して進まれるニニギノミコトの威厳に満ちたお姿が印象的だった。

会場には、新しい癒し絵画も展示されていたが、そこには過去の神様の絵で蓄積されたものが再び癒し絵画の中に統合されて表現されたものもあることに気付いた。

展覧会でお疲れのお二人だったが、夕方遅くまでお付き合いくださった。
久し振りの出会い。そして思った以上にお元気なお二人に接し、つい嬉したのしで時間を見るのも忘れて長居してしまった。快くお付き合いくださったお二人に、心からお礼を申し上げたい。

会場を後にした私たちは、夜の街を駆け抜け一路名古屋の実家を目指してドライブを続けた。
元気なお二人に会えた安堵感と、楽しい語らいの時間の余韻の心地よさを楽しみながら・・・・。
# by mahorobanokimi | 2012-03-07 00:47 | 「あ ほ~庵」日記 | Trackback | Comments(0)
以前からずっと行きたかった百姓屋敷わらにお伺いするチャンスが出来、わくわくしながら出かけてきました。

2月24日10時から田中優さんの講演会が開かれる上、和楽くらぶの皆さん手うちのうどんがいただけるというおまけがついているのですから、これは行かない手はない、とかけつけた訳です。

会場の前で、散歩から帰ってこられた船越さんと田中さんにお会いし、写真を取らせていただきました。
写真は西江さんの携帯で写してもらったものです。

会場は、立派なフラードーム(天才科学者バックミンスター・フラーが設計した球体形の丈夫な組み立てハウス)です。初めてのフラードームに、皆興味津々。中央辺りに、なんだかとてもエネルギーの強く感じられるところがあり、そこに立って天井に向かって声を出すと、ドーム全体から反響が返ってきます。
仲間たちともワクワクしながら交代で、声を出して試します。
私には、このポイントで天地のエネルギーが交流しているような感じがありました。

田中さんは、ハードなスケジュールが続いているのか、ややお疲れの感じでしたが、話し始めるほどにどんどんエネルギーが高くなり、昨秋聞いた話とはまた違った、新しい情報がどんどん出てきます。
忙しい中で、どうしてこれほどどんどん新しい情報を集めてこられるのだろう、と不思議に感じるほど豊富なデータが提供されました。

太平洋に向かう風の流れに助けられて、汚染範囲は限られているものの、汚染の実態はチェルノブイリと同じ程度であることから話が始まりました。
当面食物による内部被爆を避ける必要があるということで、何がよく汚染されているかということが話されました。
その中で印象に残ったのは、東北の葉物野菜などが、意外と汚染されていないということと、政府が基準を厳しくすれば、このような野菜は風評被害なしに出荷できたのではないかということでした。
生体濃縮される魚類が危ないのは頷けるとしても、清流にすむ鮎がそんなに危険だというのは驚きでした。
コケやキノコ類が飛びぬけて汚染しやすいため、水中の石に着くコケだけを食べる鮎の汚染が激しいと聞いてなるほどと思いました。

チェルノブイリでは、事故後12年ほどたってから水や食品の放射能規制値を厳しくしたとたん、それまで増え続けていた死亡率と減り続けていた出生率が変化し始め、人口が増加に転じたそうです。
放射能の影響による病気は、癌だけではなく多岐にわたるようで、規制値の引き下げが、それらを総合的に引き下げ、人口減少を食い止めたのだと思われます。
日本の規制値が今のままなら、これから被災地の人口はどんどん減少に向かうと予想されます。

具体的な数値や実例を挙げて話される田中さんの話には、説得力があります。
火力や水力の稼動を減らしてまで、原価の高い原発がなぜここまで作り続けられて来たのか?
なぜマスコミが原発に関する真実を一切報道しないのか?
原発が無ければ電力が不足するというが、事実はどうなのか?
どうすればピーク時の電力不足をクリアーできるのか?
世界と比べて私たちがどれだけ高い電気料を払わされているか?
原発をなくした後のエネルギー対策をどうすれば良いのか?

どのテーマに関しても、実に明確で分かりやすいデータと解説が提示されます。


風力も水力も、また温泉発電機も、従来よりはるかに効率がよく経済的なものがどんどん開発されている事実も明かされます。

そして諸外国の例も挙げながら、日本が原子力や化石燃料に依存しなくてもやっていける状態を、どうしたら実現できるか・・・また、それを実現するのに、日本が如何にすばらしい技術を持っているのか、までが具体的に説明されます。
それらを聞いていると、むしろ自然エネルギーの活用を工夫する中で、日本の農山村にも新たな雇用が生まれるし、エネルギー活用技術は、これから世界にも輸出できるものに育てられるのではないか、と思えてきます。

私自身の関係でも、私たちがこれから創ろうとしている循環型のコミュニティーは、十分エネルギーも自給自足できそうだなと思えて来ました。

放射能汚染地域の人々の健康や命を無視してまでも、情報統制を続け、未だに原発村を守り続けようとする政府やマスコミ、経済界の動きを見ていると、絶望的になりがちな現実ですが、私たちが田中さんから聞いたような情報をどんどん拡散し、国民の意識が変わっていけば、そして身の回りで可能なことからエネルギー自立の道を探っていけば未来は明るいじゃないか!田中さんの講演はそう思わせてくれる力に満ちていました。

講演のあとを締めくくる船越さんの顔まで、私には光に満ちているように思えました。

講演のあとは、わら屋敷でのうどんのご馳走です。
庄屋屋敷の前庭に並べられた大釜から上がる湯気を見ながら、参加者の皆さんの顔が自然にほころんでいます。

昨日からうどんを打ち続けていたという山室さんや船越謙祐さんの熱い思いを、お父さんも茹で加減で生かそうとしておられるようで、気合が伝わってきます。

早春の山里の清々しさの中で、たくさんの仲間たちと共にいただく手打ちうどんの味は格別でした。
そして、食後はわらの皆さんが丹精こめて整備された里山をめぐる山道を散歩させてもらいました。

広大な里山は、見事に整備されていました。里山の伝道師と言われる赤目の森の伊井野雄二さんが見られたら感涙にむせそうな風景が展開していました。

谷あいに作られた巨大ブランコにハイジの気分を味わっている人たちもいます。

百姓屋敷わら、WaRa倶楽無 そして見事に整備された里山・・・ここには30年近い船越さんご一家の歴史に支えられた命の厚みを感じさせるコミュニティーとそれを支える適度に管理された自然があることを、実感しました。
開拓時代の厳しい状態や地元との関係作りなど幾多の困難を乗り越えてこられた船越さんご夫婦の強い思いと地道で粘り強い行動力の成果が、この山里に力強く刻まれて、現代の箱舟とも言える空間を創り出していました。
そして、その成果は今、WaRa倶楽無を運営しながら、和楽プロジェクトで被災地の子供たちにも未来への夢を届けようと大活躍の謙祐くんや山ちゃんなど若者たちに確実に引き継がれているのを感じます。

傾きかけた早春の日差しを背に、私たち夫婦は楽しかった時間の心地よい余韻に浸りながら次の行き先、大阪、名古屋を目指して山道を下るのでした。
# by mahorobanokimi | 2012-03-04 18:23 | 「あ ほ~庵」日記 | Trackback | Comments(0)
今日は、牛窓から5人のお客様が「やすらぎの泉」を見学に来られた。
皆さんは「牛窓しおまち唐琴通りの保存と活性化プロジェクト」を推進されているメンバーさんたち4人と顧問の大学教授である。

年末に私たち夫婦が牛窓に遊びに行って、地域のリーダー上野克子さんとつながったご縁がから、1月9日に大学の先生が「やすらぎの泉」の調査にこられた話は、すでにブログに書いたとおりだが、今日はその続きで、プロジェクトの皆さんが来てくださったのだ。

今日は、「やすらぎの泉」の最初の入居者だったIさん母子もおられたし、近所に移住して来られている数人の母子さんも来られていて、プロジェクトの皆さんの質問に、快く答えてくださった。

プロジェクトの方は、まだ被災者さんの受け入れをどうするという状況ではなく、街の活性化の一つのチャンスとして、選択肢の中に考慮できないだろうか研究してみたいという段階のようであるが、今まで色々検討してみてもこれという決め手が見つからない中で何とか糸口だけでもという熱意から、こちらに来られたようであった。

プロジェクト顧問で岡山理科大学の緒方教授は、前回の見学で私たちの思いや、ここで起きている母子さんたちや地域の方々とのコミュニティー的な暮らしと人間関係の意味や価値を深くご理解いただいたようで、熱意を持って話し合いの進行をサポートしてくださる。

話の展開の中で面白かったのは、男女の考え方や特性の違いについての話だった。
妻の由実が、彼女と私の生い立ちの違いから来るものの見方や考え方の違いから、夫婦がお互いに如何に多くのことを学び価値を得たかを話したことがきっかけだった。

緒方先生からも、「ともすれば男は論理的な組み立てを重視したり、幅広い観点からの取り組みで目標設定しようとするが、なかなか現実化できない傾向がある。これに対し女性は、子供の命を守るために何が出来るかを考えたら、とにかく決断し行動に移す。」
「私たちも、小さなことからでもよいから、今ここで何が必要で、私たちに何が出来るかを考え、とにかく実践に移すことだと思う。」などと話される。

わが夫婦関係を振り返っても、やはり由実の今ここの状況を切り拓く直感力や決断力はすばらしいと思うし、私たち夫婦で共通のビジョンを実現する上でも、彼女のこのような能力と私の言語化や体系化の能力、そして発信能力などとのコラボレーションが、大きな威力を発揮すると思っている。
それも、私自身が、長年ビジネスの世界で、左脳中心の目標設定や計画進行の訓練をつんで来たがゆえに、自由な生き方に転じてからも、なかなかその思考パターンが手放せず、結果として決断や実践行動を遅らせることが多かったのを、由実の助言や実践から学ばせてもらって、やっとお互いに特性を生かすコラボを円滑にやれるところまで成長できたからだと思う。

特に今回のシェアハウス開設準備のプロセスで、由実がシェアハウスの完成イメージを常に意識の中心に据えることで、修理改装の方向性を的確に把握し、ボランティアの人たちにお願いすることも即断即決で流れるように進むプロセスを、毎日体験し続けた。
現状から目標設定するのではなく、先に創造したいゴールを見て、そこから今何をどうすれば良いかを見ていく、このような進め方はまさにフィードフォワードとも言えるものであろう。

このような体験を通じて、思考型の私が「私は相手より分かっている。」と思っている間、私はどうしても相手より前に出ようとする。そうすると自然に手馴れた私流の「思考に基づいた目標設定」をしてしまう。
その結果相手のよさを殺していたのだ。

今ここに何が一番役立つのかという直感やゴールに向けての思いの強さが思考より大切なのだと受け入れ、心から相手の言葉に耳を傾けるようになってから、私は少しずつ変わることが出来たように思う。

思考から生まれる目標設定は、過去の情報を元にして、未来を予測したり、改善目標としてのゴールを設定したりするから、「まったくゼロからの真に自由な未来創造が出来ない。」という宿命を持っているということだ。

自分の手馴れたアプローチと、私には分かっているという傲慢な思い込みを手放してみて、今思うことは、
未曾有の出来事の後に、未曾有の理想社会を創造するためには、「何の根拠も無いところからの自由な発想に基づく、真の理想イメージによるゴール設定」が不可欠なのではなかろうかということである。
このようなアプローチもまた、未曾有のものかもしれないが、いまこそその為に、左脳偏重を手放し、男女協力して全脳を統合的に使う取り組みにチャレンジする必要があるのだと思う。



今回訪問された活性化プロジェクトのメンバーさんでも、上野さんなど女性方の直観力や決断力や行動力を大切にし、有能な男性方は半歩後ろに控えて、具体化のサポートをされるような関係性が築かれたら、プロジェクトは意外と早く実践に移れるのかもしれないと、私は勝手な想像をしながらお話を聞いていた。

自主避難してこられるお母さんたちの多くが、ご主人との合意を取ることに苦労されている根底にも、このような男女の違いを理解できない男性の「私は相手より分かっている。」という思い込みがあるのかも知れない思う。
そしてその分かっているという考えのベースに、一家の主としての責任を果たすためには、安定した職を通じた収入を手放すことは出来ないという思考が居座ったままなのかなとも思う。長年にわたり刷り込まれたこのような思考パターンは、今まで役に立つことも多かったので、まじめな男性ほど手放しにくいのだろう。

同席していたお母さんたちに聞いてみると、ご主人と合意できて2月にはご主人も転職してこちらに来るという方があったが、一方では、「合意をあきらめて、つい最近離婚してきました。」とさわやかな顔で話されるお母様もあった。
その話を聞きながら私は、子供の命を守るためなら、離婚すらも決意できる女性の愛の深さと決断力の強さこそ、これからの新しい社会でもっとも大切にされるべきものだろうなあ、と改めてこのとき思った。

新しい時代は、今までの価値基準や思考パターンを手放すところしか始まらない。
ひょっとしたら従来言われているパラダイムシフトをも超えるシフトが必要なのではないか。
だからこそ、思考に縛られない女性の直感、愛、イメージ力、そして決断力と行動力を生かしていただくことが重要なのであり、男性たちがそのことを理解し、自らのパターンをいったん解放する決意と努力が必要な時が来ているのだと思う。


★訪問者からの問い:
「このシェアハウスの皆さんはとても仲良く、大きな家族のようにかかわり助け合っているようだが、運営者はこのような形にしようという明確な意図を持って開設されたのですか?」

☆私たち夫婦からのお答え。
「まず、次々問い合わせてこられるお母さんたちのニーズにどう応えるか?ということが何よりも優先だった。そのために何が出来るかと求める中で、シェアハウスという答えが出てきたのだし、そこからハウスのビジョンが浮かび、運営の仕方も同じ観点から考えていった。」
「しかし同時に、次々寄せられる移住希望者に、少しでも的確に対応するためには、主体性を持って行動する意思の明確な方を優先したし、入居される方たちには、出来る限りここでの暮らしを主体的に創造していただきたいという思いをもって関わってきた。」

★訪問者からの問い
「4家族もの母子さんたちが共同生活されることで、対立やトラブルが起きることはないのか、起きたときはどうしているのか?」

☆「1対1だと行き詰ったり逆に辛抱して引いてしまうことでも、他のお母さんたちからの話を聞いたりして、自分の観点が広がることで、結構うまく乗り越えられる。」との答え。
助言者としての延藤牧師の存在も、潤滑油的に大きな役割を果たしてくださっているようだ。

☆また、はっきりした意見の食い違いを体験したお母さんが、
「こんな場合、今までだったらずっと自分が引いて相手と距離を置くことで、最終的な対決を避ける生方をしてきたが、由実さんの助言で、思い切って正直な気持ちを相手に話してみたら、結果として相手と今まで以上に深くつながる結果を体験することが出来た。」
と話してくださった。

☆近所に移住してきているお母さんの話。
「家で子供たちだけと過ごしていて、煮詰まってくるときもあるが、ここに来て皆と出会い、おしゃべりしているうちに、さっきまで深刻に思えていたことが、たいしたことじゃないと思えるようになるんです。」
信頼できる仲間がいて、心開いてつながりあうだけで、不安や心配が軽くなり、前向きになれる・・・こんな効果はきっと体験して見なければ分からないだろう。
何かあったら皆がわがこととして一緒に向き合い助けてくれる安心感がここにはあるようだ。

そのお母さんの子供さんは、それから間もなく、小学校からこちらに直接「ただいま~。」と帰ってきた。
ランドセルを置きながら皆の前に出されていたお菓子を見つけたその子は、みんなの顔を見ながら、「これもらっていいですか?」と素直に尋ね、いいよと言われると、「2枚もらおう。」と言ってにっこり遊びに出て行った。

核家族化してから、我が家という囲いの中に分断されている日本の都市生活者の大半は、つながって生きることで生まれるこのような温もりや安心感を知らずに、他人と至近距離に暮らすことはわずらわしいに違いないと思い込んでいるのではないだろうか。

何人ものお母さんたちの話を聞いて、プロジェクトの皆さんも色々学ばれたことと思う。
もしこれがきっかけになって、牛窓にもシェアハウスやサテライト疎開などが実現されたら嬉しいとは思うが、それは地元の皆さんがお考えになることだし、沢山あるという空き家の主たちが協力してくださらなければ実現できることではないのだから、まだまだどうなるかは分からない。
しかし、こんな新しい形の大家族的な暮らしから得られるすばらしい価値や関係性からの学びが、核家族で失われた日本社会のよさを取り戻し、さらには新しい時代を創造する鍵になる可能性を秘めていることが、緒方先生はじめ何人かの方々に理解してもらえただけでも、今回の見学の大きな賜物だと、私は思った。

ここでは忘年会も新年会も、ここのお母さんたちが、ここ以外に移住してきている他の母子さんや移住者さんたちにも呼びかけて、自主的に開催された。
数日前には断食の指導者を招いてここで勉強会をされたようだ。
そして明日は隣の公民館で、皆で協力して味噌つくりを体験するとのこと。

お母さんたち自身で、主体性を持ってコミュニティー的な関わりを発展させ、楽しみながら新しい生き方を実践し始めておられるのだ。

話し合いの最中には、近所の方が自分のところで取れた野菜を差し入れにこられていた。

このように「やすらぎの泉」の茶の間は、もうすでに近所への移住者も含めたコミュニティーの、共有の茶の間になっており、多くの母子さんたちの、温もりのある交流と支えあいの場に成長してきていることを実感した。

「延藤さんがいてくださることがどれだけ心強いことでしょう。」
「お母さんたちの相談相手として、牧師さんとしてのご勉強が最高に役だっているのですね。」
そんな周りの言葉に、
「神がこのようにお導きくださったのだと思います。」
にこやかに話される延藤さんの顔が目の前にあった。

今までも、真向かいに住んで毎日一度は顔を出すほど親身にお世話してくださっていた延藤ご夫妻だが、この年初からは、「やすらぎの泉」の運営全般について引き受けてやっていただけることになった。
何かあるときには求めに応じておいでんせぇ岡山としてサポートさせていただこうと思う。
しかし私たち夫婦の役目はここで終えさせていただき、次のゴールに向けて歩き始めることになる。

延藤ご夫妻さま、本当にありがとうございます。そしてこれからもどうぞよろしくお願いします。

# by mahorobanokimi | 2012-01-18 03:08 | 「あ ほ~庵」日記 | Trackback | Comments(0)
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