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老いの春を、煌いて生きる

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悔いなく生き切ることを目指す79歳の青春日記

感無量の「やすらぎの泉」一周年パーティーでした。

昨年末、延藤さんに「やすらぎの泉」の運営を全てお任せしてから、「やすらぎの泉」の皆さんと直接関わる機会も少なくなり、ブログも長い間お休みしていましたが、7月2日に「やすらぎの泉」開設一周年のイベントに参加させていただいて、感動の数時間を過ごさせてもらったので、ご報告しておきます。
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梅雨のさなかにもかかわらず、雲の晴れ間に青空の覗くこの日の午後、会場の和気教会に到着すると、延藤さんや母子さんたちが会場の入り口を飾り付けているところでした。

懐かしい顔の数々、そして見知らぬ新しい母子さんたち、その間を走り回る子供たち、教会の周りに生き生きしたエネルギーの渦が巻き始めるようでした。
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延藤さんの挨拶が始まる頃には50人近い母子さんたちや教会関係の皆さんで、教会堂のなかはあふれ返るようです。
挨拶に続いて、まず「やすらぎの泉」の開設の経緯から今日までの1年余りの歩みがスライドショーで上映されました。
延藤さんの思いのこもった編集で、古ぼけて暗い古民家が多くのボランティアさんたちの手で再生されて美しくなっていく様子や、入れ替わり立ち代り利用された多くの母子さんたちの生き生きした姿や交流の風景などが再現されます。
画像を見ながら、私の脳裏に、ちょうど一年前の今日開かれたオープニングイベントのことが昨日のことのように鮮明に思い出されます。
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スライドを終わり、「やすらぎの泉」開設に関わったものとして私たち夫婦のシェアーを促されたときには、もうウルウル状態で、何を話してよいものやら冷静に考えられないような状況でした。

思いがけない原発事故による放射能禍から我が子を守ることだけを考え、必死の思いで見ず知らずの地に避難して来られるお母さんたちの不安や孤独を考えると、何としても安く簡単に入れて仲間とも繋がれる環境を用意してあげたい・・・私たちにできるそれへの対応策として、当面思いつく最善の策はシェアハウスだ。
そんな思いに応えるように延藤さんが古民家の情報を提供してくださって、そこからは思い描いた清々しいシェアハウスというビジョンに導かれるままに夢中で走り、そのビジョンに共鳴した100名ものボランティアさんが協力してくださっての1年前のオープンでした。

地域に根ざした延藤さんを軸に、教会や地域の方々のサポートも頂き、入居者のお母さんたちの自立的なあり方の風土も確立される中で、私たち夫婦は運営管理の役割をすべて延藤さんにお願いして、23年の終わりには、シェアハウスとの直接的な関わりからは引退させていただきました。
もちろんおいでんせぇ岡山としての支援的な関わりは従来どおりですから、折に触れておいでんせぇ岡山スタッフが訪れ様々な関わりと支援は行っています。

1年間隙間のないほどずっと利用者が絶えず、来年まで予約で一杯という盛況に、ついに最近「やすらぎの泉」別館がすぐ近くにオープンしました。ご近所さんのご協力と延藤さんのお骨折りで、まだ新しい一軒家がシェアハウスとして開設されたのです。こちらも年内は予約で一杯なのだそうです。

シェアハウスでの暮らしを体験した多くのお母さんたちが、ここで不安から逃げたり対処するだけの生き方から、希望に満ちた新しい暮らしを創造する生き方にシフトしていかれました。
その結果、ここで繋がりあった他の母子さんたちと、手を携え支えあいながら未来を紡ぐ決意をして、この地に移住して来た方が、シェアハウスの近辺だけでも14家族にもなるのです。また、その話を聞いただけで、同じようにこの近くに引っ越してこられた母子さんも何人か居られるようなのです。2つのシェアハウス入居中の’~8家族と、近隣への移住者だけで50人を越える人たちが、和気の新たなエネルギーとして渦を巻いてくださっているのです。

おいでんせぇ岡山のやむにやまれぬ対応から生まれた一粒の種が、今では地域の活性化にも貢献するほどの木に育ち、さらにはすぐ隣接の備前市吉永にはフリースクールを軸にした新たな地域コミュニティー創設を目指す「イノチネ」が、ここから生まれた新たな芽として、育まれつつあるのです。(イノチネについては別稿でお話します。)

ご挨拶で、そんな流れについてお話ししていると、いっそう感情がこみ上げてきて、その後は冷静に話せなくなってしまいました。
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ご挨拶に続いて、関わりの深いピコピコ・デュオの演奏です。
おいでんせぇ岡山の中心的存在であるゆうゆうさんとメンバーの一人オカリナ君のデュオです。
ゆうゆうさんは、ちょうど一年前のこの日にも、ヒコヒコというデュオで、「やすらぎの泉」の座敷で演奏してくれたことを懐かしく思い出しました。

オカリナを演奏してくれたオカリナ君も、昨年岡山に移住してきた好青年で、自然観察や環境保護に素晴らしい見識をもっています。
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上のようなこれまでの経緯から、近隣に住む50人近い母子さんたち、そして数名の教会員や地元の方々とおいでんせぇ岡山のメンバーたちが参加して、このように賑やかなイベントが開かれることになったのです。

延藤さんも参加しての教会の皆さんも、愛に満ちた優しい響きに満ちていました。
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演奏の後は、一品もちよりのパーティーです。
放射能事故の洗礼を受けたお母さんたちの多くは、改めて食の重要性に気づかれ、子供たちの健康を守るために、マクロビなどの勉強を始められた方も多いので、このような持ち寄りパーティーにも、いかにも健康によさそうな料理が並びます。

沢山の子供たちも、目をきらきらさせて好きなものに手を伸ばしています。
温かなつながりと、与え合う豊かさと、分かち合う安心感に満ちた空間でした。
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パーティーの後は、「やすらぎの泉」と新しくできた別館の見学会でした。
別館は本館と違い現代的な一戸建てで、前居住者の方が、可愛いカーテンやカーペットなどのインテリアを残してくださっていて、明るくて居心地よさそうな空間になっていました。
おいでんせぇ岡山の仲間や教会員の方などとおしゃべりしながら、広がる渦の実感を味わっていました。
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ここで知り合った子供たちは、久し振りに出会ってもみんな兄弟のように仲良く、時には思いっきりけんかもしながら、のびのびと遊びます。シェアハウスでの暮らしから、人々や仲間たちとの繋がり方や関わり方を自然にマスターしていくようにも見えます。
子供たちが遊ぶ姿に、幼い日、疎開先の田舎で新しい仲間たちの群れにおずおずと入っていった幼い日の自分の姿がダブりました。
母さんたちにとっては大変な移住も、きっと子供たちにとっては、楽しい自己成長と仲間作りのチャンスなのだと思います。
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和気富士に日が落ちる頃、満たされた心で賑やかな教会を後にしました。

この日の様子は、延藤さんのブログにも書かれています。
http://blog.livedoor.jp/m-37_77162/archives/51950230.html
by mahorobanokimi | 2012-07-03 15:47 | おいでんせ・やすらぎ関連

by mahorobanokimi