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老いの春を、煌いて生きる

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悔いなく生き切ることを目指す75歳の青春日記

アースデイはれのくにでお話させて頂きました。

気持ちよく晴れた吉備高原の朝。

沢山のマルシェ屋台に囲まれた芝生広場で、
オープニングの挨拶から始まります。


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口火を切ったのは、このあたりの若手移住者のリーダーの こてっちゃん、こと芦原哲也さん。

私と同じころに京都から移住して来た仲間だが、まだ白面のインテリ青年、と言う感じだったが、
今は精悍な酋長的貫禄を身に着けた、 たくましいリーダーに成長していた。

私のkindle本を読んだこてっちゃんが、今回主宰するイベントに、私を招き、話す機会を作って下さったのだ。
私としては、こんな野外の、しかも不特定多数の人々が集まるところでの講演は初めての体験で、些か緊張した。

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幸い、私の前が 結構長いフラダンスの実演だったお蔭で、気持ちがほぐれて楽になった。

アーティストたちが竹や布で造形した、しゃれたステージの前で、話させてもらった。

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話しのイントロは、アースデイにちなんで、イエローストーン国立公園のオオカミ導入による
自然の生態系回復の奇跡と言う話から。

90年前オオカミが滅びてから、鹿が増えすぎて生態系が荒れ、公園が実年の無い砂漠のようになった。
しかし、20年前にアラスカから数十頭のオオカミを導入してから、次々に生態系が回復し、今では
調和のとれた自然環境が回復し、様々な動物や鳥や魚が済む豊かな公園に戻ったというのだ。

もし、オオカミではなく、人間が科学技術や力技で、ここの環境回復をやろうとしたら、おそらく
ここまでのホリスティックで調和のとれた自然にまでは、到底復元できていなかったであろう。

自然本来の生命力や調和機能を活かすことで、完治する病気も、対症療法をやってしまうと、
調和の状態まで戻すことがなかなか難しくなる。

命の営みは、常にホリスティック(全体的、相互関連的)であり、機会を治すように 部分を
修理すれば治ると言う性質のものではない。

後半は、いつも通り、症状=自然治癒のプロセスの話しをして、病気治しの医療と
健幸創造の新しい行き方の、まさにパラダイムシフトの必要性について話させてもらった。 
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後半は、リーダー こてっちゃんとの対話。
彼が、一般の生活者の視点からの質問を投げかけてくれるので、わたしは話が広げやすかった。

様々な年代層やタイプの方が来られていたが、年代やタイプの違いに関係なく、
いろんな方が、うなづきながら熱心に聞いて下さり、本当に嬉しかった。

これからも、このような様々な方々の前でお話する機会があれば、ぜひチャレンジしてみたいと思った。

私たちと同じ時に移住して来た大阪の仲間で、素晴らしい光の写真を撮る写真家の愛甲タケシ夫妻も
元気で食べ物の屋台を出していたが、わたし達が帰ろうとするときには、もう売り切れで店じまいに
かかっていた。

仲間たちが夫々に、自分の道を開き、楽しそうに動いている姿は、この地に出来つつある新しい時代の
コミュニティーの雛形のようにも見えた。

終ったあと、前日から準備や当日のブックの販売など手伝ってくれていた娘の美穂を案内して
和氣の藤公園に出かけた。

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まだ3分咲きとはいえ、日暮れの微かな光の中で揺れる藤野花々は妖艶でさえあった。

和氣神社の前から橋を渡ろうとしたら、美しいアオサギの姿が。
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だが、まだその次の登場者がいた。
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今日昼間の講演でビーバーの話などもしたので、一瞬ビーバー?と思ったが、よく見ると鼠のように長いしっぽ。
これは、わが畑にも良く乱入して荒してくれるヌートリアに違いなかろうと思えた。

思いのほか大きかったが、そのあと川の中を泳いでいく姿はなかなかスマートであった。

今日の講演に向けて、色々準備して来ただけに、一仕事終わった後の解放感が、心地よかった。













by mahorobanokimi | 2017-05-01 23:44 | イベント体験記