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老いの春を、煌いて生きる

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悔いなく生き切ることを目指す79歳の青春日記

山里を訪ねて教えられた事(その2)

木地師の源流・小椋氏の築500年の重厚な屋敷の近くに、しゃれた山荘風の住居があったので、小椋氏にお尋ねしたら、地元でずっとイヌワシやクマタカなどの自然の動物を研究している山崎享さんのお住まいとか。山崎さんは許可を得てこれらの鳥に発信機をつけ、この地域での居住域や生態を研究しておられるので、お住まいには立派なアンテナが立てられていた。


イヌワシもクマタカも希少猛禽類として絶滅が危惧されている種であり、森の食物連鎖の頂点にあって自然の森の環境が維持されているかどうかを見る指標にもなっている貴重な存在である。このような鳥類が、この地域ではまだ十分観察されると言う事は、このあたりの自然環境がまだ維持されていると言う事なのだろうかと思った。


私たちは再びNさんの実家に戻った。
家の客間には まさ子お母さんが山のような山菜料理とおにぎりを用意して待っていてくださった。
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スカンポのおひたしや野蕗の佃煮、そのほか家の周りでとれた筍や山菜、お母さん手作りの野菜と地元名産のこんにゃくを使ったお料理が山のように並べられている。
どれも美味しかった。おふくろさんの愛がこもった、まさに日本のお袋の味の原点のようなお料理だった。
そしてまた親戚で作られたというお米でたかれたでっかいおにぎりが、抜群に美味しかった。

故郷で たまに帰る子どもたちを待つ母親の痛切な思いが伝わってくるような料理の数々は、私の一生でも忘れがたい思い出の一つになると思った。

やがてもう一人、私たちのためにお母さんがアレンジしてくださった地元の方、一郎さんが来て下さった。(だいぶ前に一度来てくださっていたのに、私たちが小椋さんのお宅に長居してしまったため、諦めて出直してくださっていたとのこと。一郎さん本当に申し訳ありません。)

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一郎さんは、この山里で障害者のための授産施設を30年間運営し続けてこられた方で、現在も16人ほどのお世話をされていると言う。

去年施設の人が、ずーっと労災保険料払ってきていたのに、山から落ちて亡くなった時、最低賃金の基準を満たして居ないから保険金は支払えないと拒否された。怪我の時は払ってくれていたのに訳が分からないと嘆いておられた。

一郎さんお話の概略は以下の通り。

滋賀県が平成18年からはじめた「琵琶湖森林作り県民税」を受けて人工林の手入れをすると、20年間は勝手に売る事ができないとのこと。
また、今市場に出して建築材料として売るには一抱え(直径60センチくらい?)無いとまともな値がつかないが、それでも1本1万円くらい。
長い年月手間と金を掛けて、この値段では、やはり日本の林業は成り立たない。

また、間伐などの手伝いにNPOの人たちが来てくれたことが何度かあるが、約束した人数が来なかったり、自分たちの都合のいいところだけやってさっさと帰ってしまうような人もある。皆がそうだということではないが、ボランティアだからといっていい加減では、受け入れる方もかえって迷惑することもあることを、ボランティアの人たちは 知っておいて欲しい。

自分たちがやっている茸栽培は まだ良い方だと思うが、地域をもう一度活性化するために何か良い事業を工夫する必要がある。


障害者のお世話が大変な授産所の運営を、30年も地道に続けて来られた事だけでも凄いと思う。膨大なエネルギーと私財をつぎ込んでこられたに違いないが、すべてにさりげなく、おだやかな一郎さんの話しぶりに、そのお人柄が伝わってきた。

その後、お母さんがこの間まで使っていた谷向こうの家の畑に行ってみた。

歩きながら、自分が今日とても癒され、元気になってきているのに気づいた。
森林を渡る風が心地よい、まさに森林浴をしている状態が癒しになっているのだろう。
しかしどうもそれだけじゃない。イヤシロ地というのか、どうもこの土地の持つ独特の癒し的な波動のようなものがあるような気がした。
それにまた、お会いした方々の穏やかだけれど、過疎化に挫けることなく、しっかりと未来を見つめる視点の力強さに勇気付けられた事もあるのだろう。


途中にあった頑丈な鉄の橋が、豪雨の際のダムの影響による逆流で流されてしまって、それ以来お母さんは危なくて畑には行っていないと言う。

仮設の丸木橋をわたりながら、この地域に 何か私たちに出来る事があるのだろうかと考えていた。

小椋さんの教えてくださったような 長い歴史を重ねてきた民族の文化や智恵という縦糸と、一郎さんが行動で示されているような人々の連帯と支えあいという横糸とを 縦横十文字に重ね合わせ、そこに生まれる工夫を これからの循環可能な社会作りや地域活性化にどう生かしてゆくかがテーマなんだな と言う思いが湧き上がってきた。

私たちのNPOの力からすると、直接林業のお手伝いをするようなことは不可能だろう。
でも、この地域に残されている、人の住んでいない民家や使われていない公的建物などを利用し、街から来た人たちが自然に触れたり、自然について学びながら、この素晴らしい環境の中で自らを癒すような企画を持続的にやっていくような工夫はできないものだろうか、と考えていた。

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畑に至る坂道の木陰で静かに花開くマムシ草、そしてお母さんの家の前に咲いているあでやかな石楠花、どちらにも等しく存在する意味があるのだなあと心の中でつぶやきながら、元気なまさ子お母さんにさようならをしたのだった。
by mahorobanokimi | 2007-06-06 21:42 | スローライフ随想

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