ブログトップ

老いの春を、煌いて生きる

mahorobayy.exblog.jp

悔いなく生き切ることを目指す75歳の青春日記

カテゴリ:私たちの夢( 2 )

明けましておめでとうございます。

年末年始も忘れて、これからの夢と計画を煮詰めることに取り組んでいたため、年賀状はどちら様にも失礼しましたので、この場を借りてご挨拶させていただきます。年賀状下さった方には失礼のお詫びと、ご挨拶のお礼を申し上げます。

と、ご挨拶はそのくらいにして、新年らしく、これからの私たちの夢を書かせて頂こうと思います。

1.本願実践の準備大詰めの年
新しいコミュニティー「ホリスティック・ビレッジ弥栄村」の実現に、来年から着手します。
今年は、そのための準備の詰めの年と位置付けています。
現象化の力は明確で強い意志と臨場感のあるゴール(アウトカム)により生まれるそうです。
夢の実現に向けて、絶えず臨場感のあるシナリオを描き続けることに、この一年コミットし続けます。

2.柱となる学問と技術の学習と開発
準備の柱は コミュニティーとしての絆と方向性を維持し、新世界のひな形として深化と進化をし続けるものにするために、どうしても必要となる学問とそれを実践化する技術をもつことと考えます。
この目的を果たすため、早速1月から学問を学習するセミナーや、自立して意図的に生きる人を育むための新たなセミナーの開発と実験を開始していきます。

3.情報発信の手段と技術の確保
一人でも多くの心ある人、志を持つ人々と出会うために、総合的な情報発信の仕組みを構築してい来たいと思っていますが、私たちにはパソコンやWEBの知識も、そして映像作成、編集の技術もありません。
この面については、出来るだけ早く、専門知識や技能を持った同志と出会いたいと思っています。
理想社会顕現に貢献する志のある仲間からの連絡を待っています。

4.方向性を共有する仲間との出会いと協力
新しい村の基盤を創るのは、自立と成長を目指し続け、望み通りの社会を創造する主体の一人になりたいと考えるような現代のサムライたちだと思います。1000年の先を見据えて働きたいというような仲間たちと出会い、ネットワークを組むことが、私たちの願いです。
ホリスティックビレッジの名の通り、ここでは流通も教育も医療もすべて、生命の核に相応しい全人的なニーズに合うものを創造して行くため、従来の仕組みに縛られない自由な発想から考えることのできる各分野の専門家が必要です。柔軟な発想のできる、農や食や医療、流通などの専門知識をもった仲間たちとも、どんどん繋がっていきたいと願っています。

今専門技術がなくても大丈夫。新たな可能性の花を開かせるのも、新しい村の目的の大事な一つだからです。ピンときた人はぜひご連絡ください。

5.財政的、物質的実現可能性拡大の工夫
来年から土地や古民家の取得にも着手していく計画です。が、自慢じゃないが私たちには今のところ金も財産もありません。「思考現象化する」とうのが真実であることを、どこまで証明できるかというチャレンジに取り組もうとしているんだと思うとワクワクして来ます。決して負け惜しみじゃありませんよ(^ム^)
まあしかし、土地や家、資産をもってプロジェクトに参加してくださる方があったら、それはとても嬉しいことです。地球からお預かりしたものは、地球に返す!くらいの心意気のある方なら、ぜひ仲間になってください。

もちろん私たち自身としても、社会貢献しながら報酬が得られるようなチャンスには、体裁に囚われす、チャレンジしていきたいと考えています。

とまあ、以上が私たち夫婦の新年の抱負です。

2番に書いたこの1月からの学習会や研究会は、近日中にまたアップします。
予定している日時のみ先にアップしておきますので、興味のある方は予定を開けておいてください。
会場は、岡山和気郡和気町のあ ほ~庵です。

また、今後和氣以外にも、お声がかかれば出前講座もやってゆく積りでおります。


初めての試みゆえ、試行錯誤もあるかと思いますが、浮き沈みこそ人生の醍醐味。すべては想定の内・・・という覚悟でチャレンジし続けて行きたいと思っております。
どうぞ今年もよろしくお付き合いください。
by mahorobanokimi | 2014-01-06 20:31 | 私たちの夢
今私たち夫婦は、沢山の仲間たちと一緒に食卓を囲んでいる。
みんなの台所と名づけられたキッチンから、続々とおいしそうな料理が運ばれて来る。
私たちと同じような高齢者から、若い男女たち、そして沢山の子供たちも歓声を上げてそれを受け取り、皆楽しそうに談笑しながら、美味しい料理を楽しみ始める。

心地よい春の風が、大きな食卓の上を通り過ぎてゆく。
風に乗って桜の花びらも2~3片舞いこんで来た。

草蘇鉄、コシアブラ、せり、うるい、蕗、ワラビ、竹の子・・・身体を目覚めさせるという様々な季節の山菜が、彩りも豊かに食卓を飾る。
背後の里山で採れた山菜や村の自然農園で朝採れたばかりの野菜類が、それぞれの持ち味を最高に輝かせるように調理された料理に、思わず皆の顔がほころびる。

賑やかな子供たちの半分近くは、親のない子や親と一緒に住めない事情のある子たちだが、村人皆の子供として、実の子達と同じように一杯の愛をもらってのびのびと育っている。

子供たちは、群れを作って遊ぶ中で、自然に様々な役割を体験しながら、たくましく成長していく。
ここでは4歳を過ぎると、皆それぞれに自分の選択に責任を持つ生き方を学ぶ。
小さな子供たちには最低限の躾はされるが、出来るかぎり主体性が尊重され、強制的なコントロールや教え込みはなされない。

この村は天恵自足を基盤にしているので、農園や里山、工房や食房などでの作業も多く、子供たちにもお手伝いの場所が豊富にあり、まるで遊びのように様々なお手伝いを、主体的に楽しんでやっていたりもする。

ここでは至る所で大人たちが働いたり楽しんだりする後姿を、子供たちに見せてくれている。
大人たちも、子供と同じように自分のしたいことを大切にし、喜びでやれることを大切にしている。
昔のように、金のために自分を殺し、家族との時間を犠牲にして、つらい仕事に耐えていくという発想はここの誰にもない。
自分自身にも人にも正直に関わることが当然とされるこの村では、本音と建前を使い分ける者など誰もいない。つまり、お互いに絶対信頼で係わり合い、みんなが本音で生きているのだ。
誰も嘘は付かないし、助けるときも助けを求めるときも、どちらの役割をやっても喜びだとみんな知っているから、お互いに躊躇はない。

それぞれがしたいことをしていても、村全体としては上手くバランスが取れていくのが不思議なくらい、上手くいっている。
つまり、金のためではなく喜びのために働いていると、結果として、まるでジグソーパズルのようにお互いのしたいことが補完し会い、全体としてはとてもうまく行っているのだ。
いわゆる仕事と志事とは、このように違ってくるものなのか、と驚くほどである。

大人たちは皆、「自分に起きる出来事や対人関係は、自分が引き起こしたり引きつけているのだ。」という観点を共有し、被害者になることなく生きている。
その大人たちの姿を見て、子供たちも自分が創造主だという観点を自然に身につけていっている。
だから皆、被害者になることはない。

お年寄りたちは、「血のつながった孫かどうか」などにこだわらず、子供たちみんなに愛を持ってかかわり、彼らの自立や成長を見守っている。
子供たちとの深い関わりの中でお年寄り自身が生きがいを実感し、日々を楽しみながら、イキイキと身体を動かすことも多いので、皆さん若々しく輝いている。

ここでは、幼いときから様々な役割を体験し、多用な人との人間関係を体験する中で、自分とはないものか、自分の存在そのものが如何に尊く素晴らしいものかを実感して成長していくから、皆自分自身の価値や素晴らしさを自覚しているし、どのように生きて行きたいかというビジョンを明確に持っている。

暮らしを支える住まいや衣服、基本的な道具や食物などは、村の誰もが不自由なく手に入れられる仕組みが整い、夫々の特技や持ち味を生かすのに必要な道具やスペースなども、皆とのコミュニケーションさえ取れれば、確実に手に入る。
とにかく一人ひとりの命の輝きを最重視するという観点を皆で共有しているので、みんな実にのびのびと持ち味を発揮しており、まさに多士済々、百花繚乱というくらい才能の花が開いている。特に音楽や絵画、彫刻、舞踏や芸能などアートの分野の展開が素晴らしく、しょっちゅう開かれるお祭りイベントに参加すれば、それが一層実感される。

簡単なフリーエネルギー装置と自然エネルギーの組み合わせで、エネルギーもすべて村内で賄われる。
環境を汚染するようなものは最低限に抑えられ、衣食住のすべてが命の原理に添うもので整えられ、喜びの渡しあいが前提の本音同士の人間関係に囲まれた暮らし。

そして何よりも、一人ひとりの可能性や人生ビジョンを明確にし、実現することが最優先されるあり方。
こんな村の暮らしに溶け込んでいると、誰もが健康にならざるを得ない。
ほとんど病気になる人はいないが、万一病気になったら、その真の原因や目的とホリスティックに向き合い、更なる健康や成長を実現する機会として大切に向き合う。その為に、村の中心施設の一つに健幸院が開設されている。
怪我などに対する外科的な処置を行う医療施設はあるが、昔のような対症療法をする病院なるものは存在しない。

豊かな自然に囲まれ、正直で絶対信頼に結ばれた沢山の仲間たちと共に暮らすここでの生活。
安らかで楽しくて彩り豊かなここでの暮らしこそ、まさに私たちが長年夢見てきた地上天国そのものなのだなあと思う。

妻と共に夢中で走り続けた10年近くの歳月。私は80歳を越し妻も還暦間近となった。
しかし、お互いに歳を取ったなと言う実感がない、というより歳を取る暇がなかったという感じだ。
2人とも髪は薄くなったが、肌は艶々で身体も若々しく柔軟だ。
健幸道を提唱して来た人間として恥ずかしくない生き方をして来たのだなと自分をほめている。

しかし、まだこれは夢の第一段階に過ぎない。
こんな村を日本中に増殖させ、お互いにネットワークして、より豊かな国創りを実現すること。
そしてその次には、このようなあり方の村を世界中に広め、この星をそんな村のネットワークで覆うこと。
そんな夢が実現していけば、きっとこの星は昔のように様々な生物がお互いに調和して、夫々の寿命一杯喜びに生きられる場所として蘇ることだろう。

生涯現役で、死ぬ直前まで喜びで生き切ると豪語してきた私にとって、目標とした自分の定年120歳まではまだ大分ある。どこまで私の夢が形になってゆくかを思うと、ワクワクが止まらなくなる。
このまま進んでいけば、亡き両親にも、またこの星を引き継いでくれる子孫たちにも恥ずかしい思いをせず、悔いなく定年を迎えることが出来そうだ。

食事を終わって、広いウッドデッキから見下ろす村の景色は花々に彩られている。
子供たちが草原を駆け下りて行く歓声に混じって、小鳥たちのさえずりが賑やかだ。
春霞の向こうに見える山並みが、私たちに微笑みかけているようだった。

                              202X年4月X日 弥栄村健幸院にて  「あ ほ~庵」ジジ
by mahorobanokimi | 2013-04-11 20:52 | 私たちの夢