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老いの春を、煌いて生きる

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悔いなく生き切ることを目指す75歳の青春日記

カテゴリ:観点(1)高齢化時代を考える。( 2 )

真健幸道の考え方からすると、普段の健康管理でも、多くの方の健康常識は?だということになります。


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健幸長寿、生涯現役を実現する上で、大切だとわたしが思い、私自身が実践していることを書いておきます。
(心身ともの健康という意味で、わたしは健幸という言葉を使っています。)

1.自分の健幸は自分が責任を持つという自覚を持つこと。

 この自覚を持つということは、常時自分の心身の状態に意識を向けてあげるということでもあります。

 お母さんが、小さな子供に意識を向け続けていて、異常があるとすぐ気づくようなもので、自分自身の心身を無関心のままで放置しないということです。

2.何かいつもと違う感じがしたら、それは自分の命さんからのメッセージとして捉え、先手で対策を講じます。

 例えば、最近、食事の時に自分の唇の内側を噛むことが多いな、とか口内炎が出てきたなと思うと、すぐ柿茶を飲んでビタミンCを補給したり、レバーや海藻などビタミンB2の多い食品を食べるなどして、口内の腫れを引き締め粘膜を強化します。

 冬は唇が乾いてひび割れている人が多く、リップクリームなどがよく売れているようですが、もし自分の唇が乾いているようなら、水を飲む量の不足と捉え、飲む量を増やします。

3.症状が出ても、医者には行かず、薬も飲まない。

  症状は自然治癒のために生命が選んだ最善の対策です。
  (この事の詳細は、勝Zの真健幸道シリーズ①「健幸自立」をご覧下さい。)

 現代医学の治療は主として対症療法ですから、自然治癒の妨害をするのを仕事にしています。
 症状が出てもわたしは医者にはいきません。

 緊急状況でない限り、医者にはいかず、薬も使わないことが大切です。
 脚湯法や芥子湿布、こんにゃく湿布等といったお手当法やホメオパシーなど、自然治癒の働きをサポートするようなものは、どんどん活用します。

4.健康診断や人間ドックは受けない。

 わたしは30年近く、身体検査や健康診断というものを受けたことがありません。

 皆さんはおそらく、もし異常があってはいけないから調べてもらおうと思うから検診やドックに行くのでしょう。
と言うことは、心の内側に、「人間はいずれ病気になるものだ」という考えが働いているのではありませんか?

 症状が出ると、それは病気という悪いものだから、押さえ込まなければという洗脳を繰り返し叩き込まれてきたのですから、無理はないのですが、その洗脳から抜け出すことが、ピンころ人生実現につながります。
 「ガンになったら怖いから」とガン検診を受け続ける人は、ガンになる確率を自ら増やしていることになります。そしてもし「あなたはガンにかかっている可能性があります 」と診断されると、たとえ誤診でも、おそらくあなたは本当にガンになることでしょう。

 いつかは病気になるかも、という思いはいずれ現象化します。
 症状は健幸を維持するための自然治癒のプロセス。生命には健幸を維持する仕組み(自動システム)として症状が備わっているのだから本来病気というものは存在しない。症状がわたしを守ってくれると信じていれば、それが現象化します。わたしは76年間それでやってきてうまくいっています。

 「どのような状況にあっても、38億年引き継がれ、生き続けてきた生命の叡智(真健幸道ではこれをイノチネと呼んでいます)が、わたしの命を守るのに最善の選択をしてくれている 」
 このことを信じきることが、ピンころ人生実現にはとっても役に立ちます。


 詳しくは、真健幸道シリーズ①「健康自立」をお読みください。

by mahorobanokimi | 2017-01-26 14:06 | 観点(1)高齢化時代を考える。

わが国人口問題は、団塊の世代の存在に 少子化傾向の進行および平均寿命の伸長が輪を掛け、高齢化社会への変化がますます加速されつつある。
今のところ、この状況を大きく変換する要素も工夫も見出されないことから、今私たちがとりうる最善の策は、高齢化してゆく人たちをどう育んでゆくかを考え実行することであろう。
この問題に関する、私なりのささやかな考察をごらん頂き感想やご意見などお聞かせいただければと思う。

1.期待されるこれからの高齢者像(目標)

①健康の意味を正しく理解し、高齢になっても、心身ともに健康な状態を、主体的に創り出し、維持することができる。

②自らの人生目標や本当にやりたいことが明確で、その実現に意欲を燃やしている。

③家族や地域はもとより、広く社会とのつながりにおいて、人々や世の中の役に立つという方向性で 自分の能力や知識を活用することを喜びとするような開かれた意識を持っている。

④いかなる状況においても、うまく行かないことを人や組織のせいにせず、自らの人生は、自らの力で創造するという主体(自立)的、創造的人生態度を確立している。

2.目標とされる高齢者が増大する効果

もし今後、上記の目標条件を満たすような高齢者がどんどん増えていけば、社会はどう変わるであろうか。簡単に予測してみよう。

①若年層が減っても健康で元気な高齢者が増えることで、健康保険や介護保険の存続が可能になる。これは金銭的だけではなく、介護を必要とする人が減り、介護する人が増えるという点でも新たな可能性を開くことを意味する。

②元気で忍耐強くまた社会貢献意識をもった自立的高齢者が、広範に活動し続けることで、少子化した上に忍耐力に欠け、またコミュニケーション能力にも問題のあるTVゲーム世代を 粘り強く教育したり、日本の労働力の質と量を保持したりできる。

③仕事を単に「金稼ぎのための止むを得ない労苦」と見る風潮を一掃し、自分らしい人生の花を咲かせる喜びの機会として捉え、自らの内発的な要求にしっかり耳を傾けて仕事を選ぶような社会を実現する可能性が生まれる。

④やりたいことさえ出来るなら、収入が少なかったりあるいは無償のボランティアでも、やってみようという人が増えることにより、優秀なNPOなどが増え、小さな政府や小さな行政庁でも円滑に社会を動かせる可能性が増えてゆく。

⑤人生に対する新たな取り組み意識の共有できる、今までに無い(高齢者)夫婦間のパートナーシップが生まれ、これを軸に核家族化に代わる新たな家族のあり方や地域のあり方が生まれる可能性がある。

3.高齢者問題を形成する真の原因分析(現在地)

①日本社会の依存的、他律的体質の影響
  農耕社会を元とする日本の歴史的な風土の影響や、近代になってさらに強化された
中央集権的な政治経済の仕組みにより、長いものには巻かれ、自立よりも周りとの協調を尊重する生き方を良しとする風潮が、私たちの社会の隅々にまで浸透しつくしている。その結果として、人生の様々な選択を、(自分の思いは脇においても、)親や上司の意見や周りの人々にどう思われるかを基準に決めるという人生態度が一般的であり、その分、主体性に欠け、上手く行かないとすぐ被害者になったり、会社やオカミの責任にする風潮がまかり通っている。
このような主体性や自立性の欠如は、高齢者問題はもちろん、日本社会の様々な面にマイナスの影響を及ぼしている。

②仕事を錦の御旗とする社会的風潮
  戦後、物質的豊かさと快楽追及を助長することで経済を拡大する傾向が持続してきたため、消費拡大のためにとにかく稼ぐ、そのためにはとにかく仕事をするという風潮が社会で一般的となったため、何のために働くのか、とか自分は本当はどう生きたいのか、とかを自らに問いかけることが極めて等閑視されてきた。
  特に、高度成長期を支えてきた段階の世代などでは、ひたすら働き続けることが美徳とされるような風潮が助長され、上記①の風土とあいまって、自分の内面的感情や本音を押し殺して(感じない訓練をしながら)、組織と仕事に順応する「仕事人間」を育んできた。
  その当然の帰結として、定年になって、いざ「自分が本当は何をしたいのか?」、「自分らしさを生かした納得の出来る生き方は何か?」などと自問しても、感じる心を凍結してきた年月の報いを空しく受け止めざるを得ない状況が一般的となっている。

③健康についての誤った常識
 機械論的人間観を基盤とする現代医学の限界から、今の日本では、意識の持ち方と健康の関係が十分認識されていない。
しかし現実には、「病は気から」といわれるように、意識や信念のあり方は健康状態や病気の状態に密接に反映することを理解する必要がある。
言い換えると、病人の多くは、意識するとしないに関わらず、「内面的に病気になることを必要としている」か「病気になっていたほうが都合がいい」のである。

④核家族化と家族内の分離
 残業々々で頑張ってきた仕事人間の父親は、たまに土産を持って帰るサンタクロースか、休日に遊びに連れて行ってくれるスポンサー位で、普段から家族との親密な人間関係を作れていない人が多い。
多くの場合、家族は「亭主元気でルスがいい」的な関わりが普通になっており、妻子たちは、オヤジ抜きでも十分自立して自分たちの人生を歩んでいる。つまり多くの父親は月給運搬人の役割以外には、ほとんど何も期待されなくなっている。

⑤高齢者問題を生み出す複合的原因
 上述の4つの要因が複合的に働いて、今後のわが国社会の高齢者問題を極めて大きなものにしていることを、正しく認識する必要がある。
  
 ☆ 定年直後しばらくなら、金も暇もある人生に、「やっと自由に生きられる」と喜びを感じる人も多いだろう。しかしゴルフやパチンコを毎日続けるには金も要るし、暇つぶしだけならいずれ退屈してくるだろう。
多くの定年退職者は、いずれ次のような三重苦の世界に放り出されることになる。

何もすることがない!!
仕事さえしていれば立派だと思い、何をするかは上からの指示に忠実に従い、頑張ってきた。
でも、もう仕事も無いから、することが何も無い。

自分は本当は何者?何がしたいのか分からない
長年、仕事以外に何も考えず、自分を感じないように訓練して、会社や上司に従ってきた。
今更急に何がしたい?といわれても!!それに今更、「自分のことは自分で」なんて言われても・・・。

誰からも必要とされない!!
誰も相手をしてくれない!!
ず~っと家庭にはいないも同然だった親父に今更して欲しいこともない。会社離れてずっと家に居られたら鬱陶しいだけの「濡れ落ち葉」。

 ☆ 何もすることが無く、何をしたいかも分からず、誰からも必要とされないとき 人はどんな気持ちになるだろうか。
もし私なら、自分がそんな惨めな状況に居ることを、出来れば見ないで済ませたい。

 ☆ では、このような自分に直面しないで済ませるにはどのような方法があるだろう。
効果的な方法として私が思いつくのは、例えば次のようなものである。

   ①痴呆症や認識障害になる。
   ②入院するような病気になる。
   ③酒や賭け事などにはまり込んで、現実を感じないようにする。
   ④早死にする。

 ☆ もし私がこのような状態に陥ったなら、たぶん②を選ぶだろう。なぜなら 「病気」は自分が何も出来ず、人の役にも立たないことを自己正当化してくれるし、少なくとも医師や看護師は日に何度かはかまいに来てくれる。上手くいけば、たまに美人看護師に片思いのときめきを体験出来るかもしれない。

 ☆ もしあなたが、意識・無意識に人は痴呆や病気になれるということに同意できないなら、反対の例を見てはいかがだろう。

  

 厳密な検証は困難かもしれないが、長寿村と呼ばれるところの調査や、実際に元気に活躍している高齢者を観察すれば、「自分が面倒を見てやらねばと思う対象や仕事」をもっていたり、「挑戦し続けている人生目標」がある人、そして「仲間との人間的なつながりを維持している人」が、元気で長生きしていることが多いことは自明であろう。
また、100歳以上の元気な人の数を比べたら、平均寿命が日本よりかなり短いアメリカのほうが元気な人がずっと多いといわれるのは、若いときから自立的に生きることや個性を生かすことが尊重される国ゆえであろう。

以上の考察から、「病気でいたほうが都合がいい」と思うような意識構造を書き換える教育改革と社会改革がなされない限り、高齢化=病人の増加 という図式は書き換えられず、高齢者の増大と共に健康保険や介護保険が破綻に向かうことは火を見るより明らかであろう。

4.目標を実現するための方策(解決の手段) 

主な項目を挙げるとすれば、次のようなことが考えられるであろう。
これらは、広く行政や心ある人々の積極的な取り組みや協力なくして出来ることではないし、教育等に関しては今後広範な研究が必要と思われる。

①現状に対する正しい認識を広く共有する。
②心身両面からの、自立的生き方の教育確立。
③人生目標や生きる意味を明確にする教育の確立。
④(信念と人生経験の関係に関する理解に基づく)自己実現能力の向上教育
⑤元気な高齢者が、主体的に活動できる社会的風土の醸成と制度的サポート。

私としては、この中で、②~④について、ワンネス学院を中心に、可能な範囲でセミナーやワークショップという形で挑戦してゆく予定であるし、その実践を踏まえながら、さらに詳論する機会を持ちたいと考えている。

以上
by mahorobanokimi | 2006-06-29 16:47 | 観点(1)高齢化時代を考える。