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老いの春を、煌いて生きる

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悔いなく生き切ることを目指す75歳の青春日記

カテゴリ:スローライフ随想( 37 )

4月も半ばにかかるというのに、暖房の要る日がなくならない。
そんな冷え込みの繰り返しの中でも、春の自然は着実に進んでいる。
ツルキキョウは艶やかな紫で、庭の植え込みを縁取り、
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山椒の新芽は、ポストの横で、木の芽を揺らせて春便りを送る。
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スノードロップは、茂った葉の海に浮かぶランプのように白い小さな花をつけ、
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擬宝珠は大地から突き出したツノのむしろのように新芽を林立させている。
その新芽は、「うるい」として我が家の食卓を飾る。短い旬である。
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コゴミ(草蘇鉄)やアスパラガスも、一気に芽を出し始めた。
寒い日があっても、命の営みは着実に進んでいるのだなあと思う。
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旬の山菜を早速頂こうと、夕食は山菜づくし。
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今夜の食卓は、山菜づくしの和食。
うるいと菜花の辛子酢味噌和え、コゴミとタケノコ、重ね煮の筑前炊き、卯の花、菊芋と大根の麹漬け・・・
質素だけれど、私たち夫婦にとっては、この上なく豊かな食事に思えるのだった。

ゆっくり味わいながら、我が腹に入る山菜たちの気持ちはどんなだろうと考えて見る。
植物たちは、集合意識で生きていると聞いたことがある。
だが、我が腹に入り、腸で血液になり、やがて我が体を構成するメンバーの一員に成った時、彼らは個別意識を持った我が細胞に出世したと喜んでいるのではないだろうか。

まあ、もっとも、彼らが出世したと喜んでくれるような生き方を、和多志が実現すれば・・・という条件付きではあるが。

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窓から見える天神城の斜面には、所々に山桜が、アクセントをつけるように咲いている。
この写真は、食事の時にいつも目につく龍のように咲いている山桜だ。
我が畑の裏の田んぼには、アオサギが餌をついばみに来ていた。
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確実に、春は通り過ぎようとしている。
by mahorobanokimi | 2015-04-10 02:33 | スローライフ随想
村を貫く片鉄浪漫街道の桜が最高の艶姿を見せてくれたと思ったら、翌日は雨。
昔、鉱山鉄道として建設され、その後村人たちの足になった片上鉄道が、廃線後サイクリング専用道路として蘇ったのが、この浪漫街道だ。

あほ〜庵のすぐ側にある旧天瀬駅は、村の先輩たちが、いつも思いを込めて手入れし、清掃しておられるので、今でも往時の雰囲気を保っていて、サイクリングの人たちの憩いのステーションにもなっている。
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その天瀬駅を取り囲むようにそびえる桜の古木は、列車の通過を見守っていた日を思い出すかのように、絢爛の花を咲かせてくれた。(写真は4日の満開の姿。)

そして、1夜開けた5日。村人たちが楽しみにしていた花見会は、雨。
天瀬の駅は、まさに桜吹雪が散り敷いて、まるで雪が積もったような風情で、艶かしささえ感じられる。
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風情に酔い散り敷いた花びらを踏みながら、村のコミュニティーセンターに。
花見会に集まった顔ぶれは33人。
地区長は、最近にない大人数が集まってくれた、と上機嫌。

この一年の間にも、何人かの村人が亡くなられた。
何しろ村人の9割以上が年金暮らしで、老人会なども74歳のわたしが、若手に入るのだから、様々な寄り合いなんども、参加者が年々少なくなる一方だから、地区長が喜ばれる気持ちもよく分かる。

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by mahorobanokimi | 2015-04-07 01:06 | スローライフ随想
8月8日(日)は、相変わらずの真夏日。2週間もの晴れ続きで草さえもしおれるほどの昼下がり、第2回の自然農塾は開かれた。

今回、美作賢治の楽交に集合したメンバーは18人、午後1時過ぎに車に乗り合わせて、塾長脇田さんの畑に向かった。
脇田さん宅にはスローライフネットワーク岡山の主催者 難波さんとお連れの数人の参加者がすでに来ておられたので見学会は大人25人ほどに子どもたちという賑やかな顔ぶれで始まった。
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最初はミツバチの巣箱の見学。四角いユニットを積み上げる合理的な巣箱で、すでに何基かは、本格的に稼動していた。
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続いては、細い斜面に植えられたササゲの畑。日照が続く中、水の少ない畝と比較的多い畝との差が、作物にどう影響するかが明確に示されていた。また、脇田さんが、このような体験を何度も繰り返し、またそれを予測して、時期や場所を変えながら同じ種類の種を繰り返し蒔くことで、確実な知識や情報を蓄えてきておられることを知ることが出来た。
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植え付け時期と標高500メートルの気候の影響からか、若干生育は遅れているようだったが、1.5メートルほどの間隔に植えられたトマト(写真上)は、周囲一杯にたくましい枝を広げて、炎天下にもイキイキと伸び、沢山の実をつけ始めていた。
根が張る十分な空間を与えられれば、地上部も同じように大きく枝を張ることができるのだろうか。

脇田さんの畑では、トマト以外の作物たちでも、多くが、私の概念を覆すように、ゆったりした空間で大きくまたは広がって育っていた。農の既成概念や種袋に書かれた情報を盲信して、私たちは知らない間に、作物たちの可能性を限定してきていることが多いのかもしれないと思った。
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また、同じ豆でも、インゲンとササゲ(小豆)では由来が全く違っているので、安定した温暖な気候の地域で生まれたインゲンより、温度の高低や乾湿の激しい差にもまれる地域から来たササゲ類のほうが遥かにタフで、高温で乾燥する夏にもへこたれないことを実物を前に説明され、なるほど作物それぞれの由来を知ることも大切なのだと納得したのであった。

しかも脇田さんの畑では、毎年の気候変動も計算に入れ、同じ種類の種を、日にちをずらして何度かに分けて蒔いたり、湿りの多い畑と乾燥しがちな畑とに分けて蒔いたりと、実に様々な工夫とチャレンジを繰り返されているとのこと。

自然に応じて手助けをするだけの自然農では上手く育たないことがあるのは当たり前という達観と、絶対に挫けない粘り強さを併せ持つ脇田さんのあり方から、私も謙虚に学ばねばと思った。
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炎天下の見学を終えて美作賢治の楽交に戻ってきたのは夕日も傾く頃であったが、参加者も脇田さんも疲れを見せず、6月26日の第1回自然農塾のときに植えた作物の生育状況の確認と質疑が行なわれた。

2週間以上日照続きだったため、乾燥の激しい畑に植えられたかぼちゃは、生育がかなり遅れていて収穫は無理かも知れないという状態だったが、大豆、トマト、サツマイモなどはそれなりに成長していた。

ここでも土自体の肥え具合と水分量に応じる大切さが大きなテーマとなっていた。
ここでのやり取りで、私の印象に残ったのは、参加生の質問に答えるときの脇田さんの答え方だった。

質問されると、脇田さんは、落ち着いて自分の内側に問いかけ、感じ取りながら、豊富な体験と知識の倉庫を縦横に検索、確認するようなゆっくりとした間があった後に、おもむろに真摯な口調で静かに答えを返される。そのしばしの沈黙が、私には何とも言えず深いものに感じられたのであった。
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6時からの予定だった室内での学びは、時間が押していた上、多数の参加者の自己紹介もあって、質疑応答の時間があまり無かったが、脇田さんから、自然農における心のあり方について、印象深い話があった。概略は次のようなことであった。

「私は野菜を育てているが、私が育てているのでは無いとも言える。自然農は、常に生きて変化している命に繋がる農。目の前の野菜の命と繋がるのは勿論必要だが、それらの背後にあってその野菜を育んでいる周囲の草ぐさ、虫や土や空気などすべてのものが関わって創り出している大きな命につながり、その声に耳を傾ける必要がある。個々の命に囚われず、そのすべてが繋がった大きな命に意識をつなぎ、それと一つになれば、今何が必要か、どうすることが大きな命の調和の中で、目の前の野菜を育むことになるのか、という答えというか方法や技術が見えてくる。そして、それをする力は誰にでも備わっていると思う。」

「自然農をする上での技術や方法を聞かれれば、答えは無限といえるほどあるが、田や畑の現場で私がすることは、このように大きな命を感じ、耳を傾けて、その声にこたえる方法を、そのつど見つけ出すだけだから、教えることは何も無いとも言える。」

私なりの捉え方なので、正しくは表現できていないと思うが、とつとつと、言葉一つ一つを心の奥から絞り出すように語られる脇田さんの思いとあり方が、深く心に染みて来る思いがしたのだった。

私が1日脇田さんと行動を共にして確信したのは、この農塾は、決して自然農の知識や技術を伝えるだけのものではないということだった。
脇田さんが自然と向き合うことで会得してきた、人間としてのあり方、命というものの本質、そして大きな命とつながりながら、すべてを活かしあう生命共同体としての存在のあり方までを含む何かがそこにあった。

人間が傲慢さと貪欲に駆られて自然から搾取し、大きな命の営みのサイクルを破壊し、自然としての人間の命までないがしろにして、先が見えなくなってしまったこの社会を、再び光と命に溢れ、生きる喜びに満ちたものに蘇らせる鍵を見つけるのに、自然農の学びは最適な場の一つになりうるに違いないと思いながら、夜の山道を帰途に着いた私の心は弾んでいた。

次回の美作自然農塾は9月25日(土)の予定だが詳細は美作賢治の楽交(前原さん) 岡山県久米郡美咲町金堀562  Tel&Fax 0868-66-2133 に問い合わせされたい。
by mahorobanokimi | 2010-08-12 20:17 | スローライフ随想
合宿二日目の朝、賢治の楽交の回りはミルク色の霧に包まれていました。
6時半に起床し、顔を洗ったら、7時からは身体ほぐしたいそうです。
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ガイド役はヒロンさんとタケチンさんです。
手足に触れ、身体と対話する中で、次第に身体も目覚めてゆきます。
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月見草や撫子、百日紅など夏の花々に出会いながら、夜露に湿った道をたどるうちに、身体の感覚がイキイキと蘇ってきます。
散歩を終わって霧の晴れ始めた賢治の楽交に戻る頃には、みんなの顔もキラキラと輝いていました。
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朝ごはんは地元の野菜と味噌汁、納豆。素材の味をじっくり味わってほしいというヒロミ校長の願いが詰まった食事です。
食事がおわれば、先月皆で田植えをした田んぼの見回りと草刈りです。
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やはり子どもたちにとっては、草刈よりも田遊びという感覚が相応しかったようです。
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田んぼから帰ったら、お昼ご飯の時間です。
お昼はヨシじいさん作の宮崎名物冷やし汁がメインです。暑さの中で農作業をして、合間に冷やし汁で元気をつけるお百姓さんの体験をしました。
おかずは旬の茄子とアスパラガスのソテー。
それにハルルンさんの畑で取れたジャガイモのまる茹でも添えられています。
栄養士でもあるヒロミ校長の、美味しさと旬と健康への思いのこもった食事です。
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昼食後も楽しみは続きます。
前回に続きマッキーさんの落語です。今回は着物まで用意して、気合の入ったマッキーさん。落語も冴えていました。子どもたちも知らず知らずに伝統芸能になじんでいくようです。
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そして締めはジールさんのリードで歌の時間です。
幼い日の懐かしい歌たちを、大人も子どもも一緒に大きな声で歌いました。
二日間の体験を共にした仲間の心が、一つに解け合って、暖かな思いが胸に溢れるひと時に、参加者もスタッフもともに満足げな笑顔でフィナーレを迎えたのでした。

スタッフとして参加したこの二日間の体験で、一番印象深かったのは、ヒロミ校長が思いを皆に伝えていただけで、ほとんどそのつどの指示や打ち合わせも無かったのに、スタッフたちの自発的な動きが見事に連動していて、たっぷり過ぎるくらいの内容だったのに、あわただしさも全く無く、すべてがゆったりとした自然な流れの中で行なわれたことでした。
恐らく、ほとんどすべての参加者が、そしてスタッフが 心みたされる思いで2日間を終わったのではないかと私には思えました。

リーダーも、スタッフも、そして参加者も、皆が対等な仲間として、呼吸が一つになり、誰も力んだり頑張ったりしなくても、すべてが流れ作業のようにスムーズに流れ、心地よく時が過ぎてゆく。
結果を出すことよりも、今ここの一瞬いっしゅんを大切に、地に足をつけ、目の前の人としっかりつながりあいながら、感じきって進んでいく、まさに理想のコミュニティーの在り方を体験した2日間だったのかも知れないと思いながら帰路についたら、西の空に見事な彩雲が輝いていました。
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ご参考:
平成22年度の「子どもゆめ基金助成事業」であるこの子どもイベントは来年3月まで毎月1回美作賢治の楽交で開かれます。
(美作賢治の楽交=岡山県久米郡美咲町金堀562)

主に岡山県内の小中学生とその保護者を対象とするイベントです。
来月8月は28日(土)10:00~16:00に開かれます。

内容は 自然農の田んぼの見守り、竹細工体験、夏野菜の料理作り体験などで、参加料は500円、定員20名です。
お知り合いの子供さんをお持ちのご家庭で、子どもに自然や農の体験をさせてやりたいな、とお考えの方がいらっしゃいましたら、どうぞ教えてあげてください。

お問い合わせ、お申し込みは 美作賢治の楽交 前原ひろみさん
Tel&Fax 0860-66-2133 E-mail:ru57727@sage.ocn.ne.jp
by mahorobanokimi | 2010-07-28 18:22 | スローライフ随想
真夏の日差しがまぶしい7月24日(土)から25日(日)の2日間、美作賢治の楽交では、子どもイベントの第3回が開かれました。

今回は、合宿ということもあって 草木染、星の観察、五右衛門風呂の体験、田んぼの草刈と盛りだくさんの内容が予定されていたので、スタッフたちも前日から準備し、当日も朝から、布団干しや薪割り、布団干し、料理の準備と大童です。
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30名近い宿泊者を迎えるとあって、庭一杯に布団が広げられると、満艦飾の船のようです。
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髭のリューさんやコーリーさんが薪割り、その横ではヨガプーさんが竃の用意をして、まずご飯炊きです。
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ヒサコさんは自宅の庭で調達したという草や花で、床の間に素敵な生け花を飾ってくれます。
後ろにかかっているのはタケチンさんの写真のタペストリーです。
このようなスタッフの皆さんの主体的な関わりで、舞台裏が静かに、自然に整っていくのが、このイベントの特徴です。
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一通り準備が整ったところで軽い昼食です。
思いは伝えるけれど、指示や命令はしないヒロミ校長の配慮で用意されたものです。
ヨガプーさんが炊いた玄米に紫蘇や梅干やジャコを混ぜて美味しいオムスビを握ってくれたのはスミレさんとユミさんです。
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参加者がそろわれたところで、いよいよイベントの開始です。
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簡単に自己紹介や諸注意と健康状態の確認が終わったら、まずは井戸水で良く冷やされたスイカのおやつです。
何しろじっとしていても汗が噴出す炎暑の午後2時ですから、冷えたスイカはたまりませんね。
でも来たばかりの参加者の皆さんは若干緊張気味。そこでしばらくは自由な交流タイムです。
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子どもたちはすぐに仲良くなって、ゲームをしたり、座敷の上のロフトに上った仲間と上下でボール投げをしたり、瞬く間にくつろいでいきました。
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くつろいだところで、炎天下の蓬取りをして草木染の準備をします。
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草木染の指導はスタッフのミヤコさんです。素敵なファッション小物などを作る達人です。
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大人も子どもも夢中で草木染を仕上げ、染め上がったハンカチなどを横の通路に干し終わる頃、それまでの入道雲の青空がにわかに険しくなり、雷鳴と共に激しい雨と風が始まりました。
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そして、しばらくすると南東の空に夢のような2重虹がかかったのです。
まるで、この楽しいイベントを祝福するように美しく鮮烈な虹でした。
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そして楽しい夕食の後は、星空観察。でもまだ空は明るいので、暗くなるまで皆で自由にゲームやおしゃべりの時間を楽しみます。
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駆けつけてくれたケンさんやワキさんが星や星座のガイドをしてくれました。
ワキさん持参の双眼鏡で満月直前のお月様を覗いたら、それはそれは明るく輝いておりました。
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星の観察が済んだところで、ヒロミ校長からの花火のプレゼントがあり、大人も子どもも大はしゃぎ。
思いっきり遊び、食べ、語った夏の日も終わりです。
新聞が読めそうな月明かりの中、三々五々部屋に戻り、夢の国に旅立ったのでした。
by mahorobanokimi | 2010-07-27 13:53 | スローライフ随想
田植えがメインテーマのこの日の子どもイベントは、簡単な自己紹介の後、田楽代りの賑やかなエイサーから始まりました。
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駆けつけてくださったのは美咲町の打穴秀峰(うたなほつみね)エイサーの皆さんです。
地元小学校の杉山清志先生がエイサーの良さに触れて自ら学んだものを、地元の子どもたちに教えて育てておられるグループだそうで、指導者やお母様たちと共に、小学校1年生から中学生まで、元気な子どもたちを含む総勢6人の威勢の良い踊りが披露されました。
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エイサーに続いて、早速この日のメインである田植えの説明です。
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説明を受け、準備を整えたら そのまま美作賢治の楽交の前にある、自然農の田んぼに下りてゆきます。
エイサーを踊った子どもたちも飛び入り参加しての田植えが始まります。
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田んぼに入る前に、まず準備体操。そして田んぼに入ります。
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水の入った泥田に裸足ではいることを躊躇していた子どもたちも、仲間の声援に励まされて次々に田んぼに入って来ます。
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最初の作業は、苗代で群れになって元気よく育ってきた稲の苗を一本ずつ丁寧に分けていくことです。
根が出来るだけ傷まないように優しく根を分けていく作業は、結構根気の要る作業ですが、「稲の赤ちゃんに優しくね!」という田んぼリーダー・コーリーさんの言葉に励まされながら、子どもたちは根気よく作業を続けました。
苗の準備が整ったところで、田植えの始まりです。
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目印のついた縄の前にならび一斉に植え始めます。
この自然農の田んぼでは、40センチ間隔に1本ずつ苗を植えて行きます。
田楽の代わりに、ここではタケチンさんのジャンベがリズムを取ってくれて、楽しく作業が進みました。

田植えが終わる頃には、もう皆腹ペコです。
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ひろみ校長の手作りの昼食と、自分であんこをつけて食べるぼたもちに、子どもも大人も大満足です。
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お腹が落ち着いたら、スタッフのマッキーによる子ども寄席です。
子どもたちが積み上げた座布団の上で、必死にバランスを取りながらのマッキーの熱演に、子どもたちも大喝采です。特におサルの通訳の話は面白かったようです。
落語に続いては、参加メンバーのJさんによる唱遊びです。
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唱ってゆすって走って戯れて・・・精一杯楽しんだらお昼寝タイム。
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大人も子どもも、みんなの寝顔は満足そのもの。
その寝顔を、タケチンさんの優しい笛の音が包んで、楽しい子どもイベントはフィナーレを迎えたのでした。

陰で支えた多くのスタッフたちにとっても、童心に帰って楽しんだ、素敵な一日だったようです。

この子どもイベント(平成22年度 子どもゆめ基金助成事業「ゆめの里で自然とたわむれよう!」)次回は7月24日(土)~24日(日)の合宿になります。

詳細は Terl&Fax 0860-66-2133美作賢治の楽交までお問い合わせ下さい。
      E-mail:ru57727@sage.ocn.ne.jp
by mahorobanokimi | 2010-06-21 06:46 | スローライフ随想
完全無農薬、無肥料によるリンゴ栽培を成功させたことで知られる木村秋則さんの講演会が15日(土)倉敷市の公民館で開かれたので参加してきました。
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この講演会は、岡山県内の農作物の生産や流通、消費団体の関係者らで作る「岡山県木村式自然栽培実行委員会」の設立記念として開催されたものでした。

300人あまりの会場は立錐の余地内ほどの参加者で満たされ、来賓席にはJAを始めとする農、商工、消費各分野の多くの方々が座られ、冒頭には倉敷市長のご挨拶もあるという状況で、岡山県で自然栽培の米を作ろうという運動が、決して片隅のマニアだけのものではないことを強く印象付けられました。

20代前半から農業に従事してきた木村さんは、長年悪戦苦闘し自殺を考えるまでの苦難の末、不可能とされた無農薬・無肥料でのリンゴ栽培を成功させ、「奇跡のリンゴ」と称されるほどになりました。

この日、木村さんは世界でも有数の日本の農薬や化学肥料の使用量が何をもたらしているかについて、実に様々な観点から分りやすく 説明するとともに、無農薬、無肥料の米の自然栽培について、その素晴らしさを、力強く話されました。
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そんな話の中で、特に私にとって印象的だったのは、木村さんの無農薬無肥料りんごの葉は、病気にかかるとその部分だけ自ら枯死させて捨てる(穴を開ける)ということでした。

病気の症状は、自己治癒力の発現の現れである・・・つまり症状即療法 という西式健康法の考え方が、健康な植物体にも当てはまることが、科学的に検証されたと言うことなのだと思って嬉しかったのです。

木村さんの講演のあと、木村さんの指導を得て展開されている全国的なうねりについて報告され、農においても、まさに新しい流れが受け入れられ、広がりを見せる可能性が生まれつつあることを実感しました。
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また、最後のシンポジウムの中で、木村興農社の主任研究員の熊田浩さんが、稲の根の種類について話されたことが印象に残りました。

なんと稲の根には6つの種類があるというのです。
そして、密植えし肥料を与える慣行農法では、根の種類は3種類どまりであるのに対し、有機農法で密植しなければ4~5種類まで行くこともある。
これに対し、広い間隔を取り1本植の自然栽培では、6種類まで根を出すことが可能になる。
との話でした。

最初の木村さんの話の中で、田植えした後、自然栽培の稲の葉は極めて成長が遅く、1ヶ月くらいは慣行農法のものに大きく見劣りがするが、後半になると断然逆転し、穂につく稲の粒数も慣行農法のものより少ないのに、一粒一粒が丸く太っていて、反当りでは慣行農法を凌駕する、ということが話された。
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つまり、自然栽培の稲は、存分に根を伸ばし発展させてから、おもむろに地上部を成長させていくので、外見上は、成長が悪いように見えるが、最終的には素晴らしい成長とたくましい成熟振りを見せ、強風にも倒れない強い稲に育つと言うことらしいのです。

私は、この根の話を聞いていて、人間の成長過程を考えてしまいました。

  ・今の子どもたちはひ弱い。
  ・大人になっても引きこもりやウツが多い。
  ・日本人が根っこの弱い民族になってしまっている。
  ・土における自然栽培に当たるものを人間で考えたら何になるのだろうか?

そこで思い出したのが、先のスローライフ随想「スローライフって何だろう」で書いた「上ってゆく生き方」のもたらした弊害のことでした。
http://mahorobayy.exblog.jp/10579347/

核家族化と受験競争の中で、飽食と利便性過剰の人工的、都市的生活の中で 成長し、いのちの脳がぼけてしまったまま大人になった日本人は、まるで慣行農法の稲のように見えてきたのです。

おそらく、否 間違いなく 人間の根をたくましく張るために必要なのは、成果をあせらず生きている今を大切に体験し、大家族や価値観の異なる仲間たちとの人間関係の中で、関係性から学ぶプロセスを十分体験することなしに、それは不可能だと思うのです。

この講演会に行ったことで、改めて私は、あらたなつながりのコミュニティーを創造する必要性を実感したのでした。


それはさておき、今回の講演会を主催した「岡山県木村式自然栽培実行委員会」では、今年、県内の農家と提携し木村さんが提唱する無農薬栽培での米作りに取り組むことにしていて、およそ18トンの収穫を目指すことにしているそうです。
そして熊田研究員の提案で、岡山で栽培されてきた在来種の「朝日米」こそ、まさに最適の品種として選ばれるはずだと言うことでした。

そしてまた、その収穫を流通や加工の再度から支援するネットワークが同時進行で充実していることが、今回の目論見の大きな特長であることが、明確に宣言されていました。

9月18日には、この挑戦の成果が、収穫前ではあるが、公に公開されるので、注目してほしいと言うことでした。
また関心のあるスローライフネットワーク岡山の皆さんと、聞きに行きたいと思っています。
by mahorobanokimi | 2010-05-19 20:07 | スローライフ随想
岡山県美咲町の「美作賢治の楽交」で、さる8日「ゆめの里で自然とたわむれよう!」という子ども自然体験のイベントが開かれました。
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平成22年度の国の助成事業「子どもゆめ基金」の一つに選ばれての開催と言うことでした。

主催者の前原ひろみさんが、私たちが所属するスローライフネットワーク岡山のメンバーであったことから、私たち夫婦も他のメンバーとともに、スタッフとして参加させてもらいました。

国の助成承認が下りてから実施まで2週間ほどしかなかったので、告知やPRが十分できなかったのですが、当日は3人の子どもさんと数人の大人が参加して、和やかに開かれました。

開始前のスタッフの打ち合わせが行われる楽交の内部は、古い民家を改装した、心地よい土間です。
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朝の間は肌寒さを感じる室内では、懐かしいダルマストーブに薪が燃やされています。
初めてのイベントに若干の緊張感もあるものの、ほとんどがスローライフネットワーク岡山でおなじみの、まるで家族のように親しい仲間たちですから、ミーティングもほんわかムードで進みます。

当日昼間は、まるで真夏を思わせる快晴で、自然が一杯の美作賢治の楽交を中心に、大人も子どもものびのびと自然を満喫する一日になりました。
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どうすれば子どもたちが楽しんでくれるだろうと工夫したり、考えていたスタッフたちも、薪割りや草笛作り、蕨取りや竹きりに夢中の子どもたちの姿に、いつしか自分自身が子どもに帰って、一緒に遊んでいました。
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沢山の竹の子や、自分で竹を切って作ったコップなどを抱えて、子どもたちは誇らしげです。
付き添ってきたおばあちゃんも、コシアブラやたらの芽を沢山手にして満足顔でした。
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昼は賢治の楽交の周辺の山菜をてんぷらにして、これまた山菜ずくしの祭り寿司と一緒にいただきます。
食事の前には、主催の前原ひろみさんから岡山の祭り寿司の意味や、天地に感謝して食べることの意味が話されます。
長年、栄養士として学校に勤務されていた前原さんの、食育への思いが垣間見えました。

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食事の後は、自然農の苗代作りです。
前原さんの田んぼで、みんな力を合わせて表土を削り、地面を均し、丁寧に籾を蒔きます。
籾が均等になるように、あとから一粒ずつ位置を修正するのも根気が要る作業ですが、皆でワイワイやっていると、いつの間にか終わっています。
細かく崩した土で籾を薄く覆い、上からみんなで刈った青草を敷く途中で、子どもたちは時間が来て楽交に戻ります。
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低学年の子も、振り返りシートに懸命の書き込みが終わると、楽しみなおやつが待っていました。
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苗代作りの作業が、子どもたちを返した後までに長引き、完結まで子どもたちに見せられなかったのですが、このことは後の反省会で、お互いのコミュニケーションについて見直す、いい機会を作ってくれました。

子ども参加者の数こそ少なかったけれど、参加者もスタッフも、ともに楽しみ、多くの気づきを得た楽しい一日でした。

このイベントは、来年の3月まで毎月「美作賢治の楽交」で開かれます。
どの月も、田んぼの作業や餅つき、里山ワークなどの農体験に、食育を重視した食事体験がセットになっています。

自然とのふれあいや仲間たちとの繋がりを体験する機会の少ない、都市部の子供さんたちなどに、ぜひお勧めしたいイベントですので、次回のご案内をしておきます。

来月の開催日は 6月19日(土)10:00~16:00 田植えとぼたもち作りを体験します。
会場は 岡山県久米郡美咲町金堀562 美作賢治の楽交(みまさかけんじのがっこう)
対象は 小学生以上
参加費 一人(大人も子どもも)500円(昼食費含む)
定員は 20名
問い合わせ、申し込みは 前原ひろみ Tel&Fax. 0868-66-2133
E-mail:ru57727@sage.ocn.ne.jp
by mahorobanokimi | 2010-05-10 16:15 | スローライフ随想
1.スローライフって何だろう?

大阪から岡山・和気の10年間空き家だった古民家に移住して2回目の春を迎えました。
移住早々からスローライフネットワーク岡山に参加させていただいたおかげで、
「スローライフって一体何だろう?」と考えることが多くなりました。

移住する前には、田舎暮らしでそれこそスローライフになり、のんびり暮らせるようになるだろうと思っていました。ところがところが・・・現実はまったく逆でした。
毎日のようにお客様がお越しくださる合間に、家を直したり、畑仕事や草刈をしたり、ネットワークの仲間と交流したり、ワークショップを開いたり、遊びに出かけたり・・・なんとも忙しい毎日になってしまったのです。
それで一層、スローライフって何かなあと考えることが多くなりました。


2.「降りてゆく生き方」との出会い

昨秋出会ったある映画が、私のスローライフ探求を大きく前進させてくれました。出会ったのは武田鉄矢さん主演の「降りてゆく生き方」という自主上映のみで上映されている映画でした。

映画の詳細は、HP(http://www.nippon-p.org/mov.html)をご覧いただきたいと思いますが、大筋は、武田鉄矢さん扮する大企業の社員が、田舎の人たちを上手く丸め込んで、企業に都合のいい開発をやろうとするが、人々と関わり地域になじんでいくうちに、上昇志向一辺倒で来た自分の生き方に疑問を持ち始め、ついには真相をばらして自ら企業を離れ野に下ってゆくというストーリーです。
筋書きとしては、わりにシンプルなのですが、この映画の中に、今の日本の社会が抱える様々な問題とその解決へのヒント提案が、分かりやすい形で提起されているのです。

私はこの映画に出会ったおかげで、スローライフを、「降りてゆく」という文脈から読み取るヒントを得ました。そして今までの一般的な日本社会のありかたを「上ってゆく」というキーワードで捉えると、多くの事柄が非常に分かりやすい形で浮かび上がってきたのです。
そこで、この紙面をお借りして、私なりの「降りてゆく生き方」から観たスローライフ論をご披露してみようと思います。


3.「降りてゆく生き方」が教えてくれたスローの意味。

映画で、大企業の社員として「上ってゆく生き方」の代表であった映画の主人公が、地域の人々との関わりの中で気づいて変化してゆく「降りてゆく生き方の」のポイントは何だったのでしょう。

映画の中で、地域の人たちを通して語られていたのは、人間の命や喜び、そしてあらゆる命との繋がりと調和をもっとも大切にする生き方や暮らし方の素晴らしさだったと思います。

また、金やモノや地位や名誉などが幸せを保証するのではなく、愛と信頼に支えられる人々の対等なつながりと共生的なライフスタイルこそが、もっとも心地よい暮らしや安心な生活を実現する可能性をもっているというメッセージでもあったと思います。

効率よく成果を上げることが最重要とされ続けてきた主人公が、田舎の人たちと触れる中で体験し開眼していったのは、今目の前にいる人や、取り組んでいるものづくりや田畑の世話など、一瞬々々の「今ここ」を大事に味わい、喜びや気づきを大切にして生きることの素晴らしさだったのではないでしょうか。

この、成果を上げることより先に、今目の前にあることへの一瞬々々の関わりのプロセスを大切にするという「降りてゆく生き方」こそが、スローライフのスローと言う事だったのではないかと、私は理解したのです。


4.スローライフについての私の体験

私が移住してきた和気の古民家は、吉井川下流、東西を小高い山にはさまれ、前(南)には段々畑、右手には田原井堰の広い水面を見下ろす岡の上に建っています。
この家の2階からは、6枚の大きな窓ガラス越しに、これらの自然景観がパノラマのように広がり、四季折々の変化がまぶしいくらいによく見えます。
朝の一仕事が終わると(時には朝寝坊から覚めてのんびり準備していると)11時ぐらいから、この窓を前に、私たち夫婦の朝昼兼用のゆったりしたブランチが始まります。

妻手作りの天然酵母パン、自家菜園や近くで取れた旬の野菜一杯の大盛サラダ、陽光を反射するブルー・ソーラー・ウォーターのボトルのきらめき。BGMは様々な小鳥たちのさえずりです。

日々色を変える山の木々や花たち、日増しに勢いよく伸びてくる野草たち、黄色の星空のようなタンポポ軍団、きらめく吉井川・田原井堰(たはらいぜき)の水面、頭上を巡回する常連のとんび達、いくら見ていても飽きることの無い風景です。
目の前の木立に来る小鳥たちの姿に、あわてて箸をカメラに持ち替えることもしばしばです。

たっぷり注いだコーヒーの香りに 豊かさの実感が溢れます。光に満ちたかけがえの無い時間です。「こに移って来てよかったね。」「私たち幸せだねえ。」「ありがたいねえ。」
夫婦の間で 日に何度もつぶやかれる言葉です。本当にそう感じているから、つい口をついて出るのです。
畑に出て、一汗かいた後の食事は一層美味しく感じます。身体もより元気になっているのを感じます。

猪や鹿対策のフェンスを作り、一筋ずつ畝を起こし、草を刈っては寝かす、自然農の畑作りの作業も、お借りした広い丘や駐車場の汗まみれの草刈も、すべてが喜びでした。これほど空や雲や小鳥たちと対話したことも、かって無かったことです。

この1年余りの私たちの生活は、まさに毎日の暮らしのプロセスを味わい、楽しみつくすことだったように思います。


5.新たなコミュニティーへのヒント

スローライフネットワーク岡山のおかげで、多くの仲間が出来ました。何かにつけて行き来が多くなり、この一年で大きな家族のような関係が出来上がりつつあります。
お互いに何でも正直に言えて、助けたり助けられたりも気兼ねなく出来ます。そして、「お互いにスローライフは忙しいなあ。」などと言いながら、関わるときには相手を感じながら、しっかりつながりあいます。力を併せて何かの作業をすることも多いから、自然にそうなるのでしょうか。ここにもプロセスを大切にする豊かな時間がありました。

どのような関わりが生まれつつあるのかは、freemlのスローライフネットワーク岡山のコミュニティーhttp://www.freeml.com/slowlifenet-okayama/やこのブログを覗いていただけばお分かりいただけるでしょう。  

大阪にいるときにも多くの仲間がいましたし、夢を持ってNPOの活動などもやっていましたが、ここでの人々の繋がりとは何かが違っていました。

その違いの原因は、一緒に考えたり話したりすることはあっても、プロセスを共有するような現場が少なかったことや、泊まりに行ったり来たりできるゆとりが無かったこと、そして仕事に縛られ実践に踏み切れない人が多かったことなどにあると思われます。
それとともに、住居費や食費など生活費が高い都市での暮らしを続けながら、「降りてゆく生き方」を実践しようとすることにも無理があったのかもしれません。

今、私が繋がっている仲間の多くは、他から岡山に移住してきた、あるいはUターンしてきた人たちと、前から岡山に住んでいて郷土を愛し、育もうとしている人たちです。
この人たちに共通している特徴は、素のままの自分で本音で生きたいという思いであり、自然や本物の力強さや健全さを大切にし、それらに触れる手間や時間を惜しまず、つながりと喜びを大切にしながら、力んだり頑張ったりするでもなく、淡々と生きておられる姿勢です。

このような多くの素晴らしい仲間たちとの気持ちのよい関わりの時間は、かけがえの無いものです。
そしてそこには、私たちが目指す「愛と信頼に支えられる人々の対等なつながりと共生的なライフスタイルを基盤にする新たな共生コミュニティー」はきっとこのような繋がりの延長線上に有るのだろうなという予感があります。

このような仲間の繋がりを実感できる私たちは、本当に恵まれています。
そして、このような機会を生み出す契機を与えてくれたスローライフネットワーク岡山の存在にも心から感謝しています。


6.「上ってゆく生き方」の本質とそれがもたらす影響。

「降りてゆく生き方」の本質を見つめることを通じて、私の中には、今までの社会に支配的だった「上ってゆく生き方」の本質も明確に見える気がしてきたのです。
私なりの観点に過ぎませんが、これからの社会やコミュニティーのあり方を考える参考になると思うので、この紙面を借りてお話してみます。

戦後の日本社会の急速な復活と高度成長を支えた人々に支配的だったのは、「もっともっと」という意識だったのではないでしょうか。
もっと早く、もっと多く、もっと効率よく、もっと手軽に、もっと安く、もっと豪華に・・
限りない上昇志向に駆り立てられ、進学も、就職も、そして生産も流通も消費も、常に上を向いて走り続けて来ました。
企業も行政も、常に右肩上がりに成長することを当然と考えて進んできました。

やがてバブルがはじけ、地球環境もこのまま収奪や汚染を拡大することは破滅に繋がるということが見えてきました。

今、私たちは上昇志向に限界があることに直面し、新たな生き方や社会のあり方を見つけなければ、明日は無いというところまで来ています。
このような状況を突破するには、「上ってゆく生き方」の弊害を再確認し、それを踏まえて、真に人間の幸せや地球の調和に貢献する生き方や社会のあり方を見つける必要があると思われます。

①.「上ってゆく生き方」は成果がすべて
「もっともっと」と上り続ける主な対象は、金やモノや地位、名誉、権力などでした。弱肉強食がこの世の現実と捉え、勝つことこそ、上ってゆくことこそ 幸せを保証してくれるような妄想に取り付かれ、人々は走り続けて来ました。

そこでは人も、自然も、地球も、単なる手段や資源と考えられ、効率よく成果を上げることのみが重視された結果、あり方やプロセスは軽視されるようになって行きました。
成果こそがすべて、消費は美徳という洗脳のおかげで、何でも金さえ払えば手に入る簡単で便利な都市生活がもてはやされ、ラクさや手軽さを求める風潮から「軽少短薄」がキーワードになっていきました。

②.「上ってゆく生き方」が、仕事自体の喜びを奪って行った。
マスコミは、このような都市生活への憧れを掻き立てることで、人々を大都市にかき集め、政府や行政も住宅政策を進めて企業の人集めに協力しました。日本中核家族という時代の出現です。

このような世相の中で、流れに乗れるものだけが勝ち残れると思い込まされ、受験から就職から出世まですべては競争に駆り立てられ続ける生活になっていきました。
子どものときから、仲間と遊ぶ時間も無いほど受験競争に駆り立てられ、もっといい学校、もっといい会社、もっといい地位に と休む間もなく駆り立てられる人々には、金で買えるレジャーという名の安易な慰めがあてがわれました。
このような時代の中で、人の価値は学校の成績や企業での成果など、成果達成に必要な能力のみで測られるようになりました。

それは別の角度から見れば、与えられる報酬や地位などの成果以外への喜びはあっても、仕事自体のあるいはそのプロセスを体験する中での生きている実感や喜びがどんどん希薄化していくことでもあったと思います。

私自身もそのころ大企業に身をおき、懸命にがんばり、出世のエスカレーターを登る快感も実感しながら、一方では何か空しい感じにさいなまれてもいました。また、自社の繁栄がそのまま自然環境の破壊に繋がるような企業にいて、後ろめたさもぬぐえずにいました。
やがて生きている実感を感じるのは博打をしているときと酒を飲んでいるときぐらいだという自分の姿に気づき愕然としたことを覚えています。
そして40歳を過ぎるころには、「降りてゆく生き方」という言葉は知りませんでしたが、自ら出世競争のエスカレーターを降りる決意をかため、人々と直接関わる自己啓発セミナーのトレーナーに転職したのでした。

③「上ってゆく生き方」が日本人をバラバラにした。
昔、大家族の中ではそれぞれが役割を持って生きていたり、ジイちゃんバアちゃんに無条件の愛で抱きしめられるチャンスを一杯持っていた子どもたちは、「私も皆の役に立っているんだ。」「生まれて来てよかった。」「こんなに存在を認められ、いるだけでも喜んでもらえる私ってなかなかのものだな。」などと関係性の中で、自分の存在を肯定的に認める(セルフ・エスティーム)チャンスが一杯ありました。

ワンパク仲間の集団では、けんかを通じて仲良くなることを体験したり、下の子達の面倒を見る体験をしたり、つながりの連帯感で何かを成しとげたり・・・といった人間関係を築く基礎的な訓練が自然に出来ていました。

競争社会、核家族化、成果と効率のみを求める風潮、それらがあいまって人間や企業のあり方やプロセスを軽視し、勝ち抜く要領のよさやしたたかさが求められた結果、育ってくる子どもたちは 自分の素晴らしさを見失い、人間関係能力を失っていきました。そして大人たちも競争意識のみが加速する中で、無残なまでに孤立化していき、地域コミュニティーも崩壊して行ったのでした。
IT時代の到来が、この傾向に拍車をかけているようにも見えます。

④.生きる意味や価値の喪失
このような時代背景の下に、世界的にも類を見ないほどセルフエスティーム(自己肯定感)の低い人の比率が多くなり、毎年3万人を超す人たちが自殺し、登校拒否はもちろん、大人の引きこもりやウツ症状が年々増加し、無気力や犯罪が蔓延しています。そして少子高齢化と近年の経済不況は、その傾向に拍車をかけている観があります。

進学する目的も、就職する意味もあいまいになり、フリーターになる人が増えたり、リストラされてブルーシート生活する人も増えています。
企業の人たちは人員削減に伴う労働強化でヘトヘトです。なりふり構わぬ企業の生き残り戦略で、消費者をあざむくような仕事を目をつぶってやっている人もいるでしょう。多くの人がストレスに擦り切れ、病人は増える一方です。
貧富の差が拡大する中で、生きがいも生きる意味も見失う人たちが増えてきているのでしょう。
テレビに映し出される途上国の子どもたちのきらきらした目の輝きが、この国ではもう見られなくなったのも、このような事情によるものではないでしょうか。

このように並べ立ててみると、環境問題や資源問題を抜きにしても、「上ってゆく生き方」が もう限界に来ていることは明らかだし、決して私たちの幸福を保証するものではないことは自明だといえるのではないでしょうか。


7.私たちのこれからの課題

①.安定していてつながりのしっかりしたコミュニティーを必要とする時代的背景
不安定な天候や温暖化の進展に伴う世界的な洪水や砂漠化、そして大型地震や津波、火山の噴火など、環境が極めて不安定になりつつあるようです。これに伴う食料危機も予想されます。
そこに破産寸前のアメリカの窮状、内部の不満が政情不安定につながりかねない中国、など経済危機や戦争の危機の火種も際限なくあります。
いずれも、私たちが足元を忘れて「上ってゆく生き方に」うつつを抜かしている間に積み重ねてきたことの結果を反映しているように、私には思われます。

今は、一人でも多くの人が「上ってゆく生き方」の限界に気づき、「降りてゆく」方に意識を向け変えるようにいざなうことが必要な時期でしょう。

しかし、誰もがそれに気づかざるを得ない状況がどんどん迫ってくるでしょう。
それより今急がれるのは、一人ひとりが自立した中で、愛と信頼で対等につながる共生的なコミュニティーをどんどん創っていくことではないでしょうか。

②.まずは小さくても本物のコミュニティーを形にして見せること
一挙に世の中を変えることは難しいかもしれません。
始めの一歩は、自覚を持った人たちが、たとえ小さくても上記のようなコミュニティーを現実に創り、そんな草の根の動きを次々と伝播して草の根ネットワークのように広げていくなら、いつかは社会全体の動きに転じて行けるのではないかと思います。

ただし、人数をそろえ形を整えて、コミュニティーを始めることは、ある程度まで誰にでも出来るかもしれません。しかし、持続可能なコミュニティーとして成長していくプロセスには、メンバーの心の準備を進めることが、どうしても必要になってくると思われます。

一番難しいのが、一人ひとりが自分のあり方生き方に責任を持ち、本当に住みたい環境を創ることやそこでの人生を、人頼みではなく自らが主人公、創造主として創り出していく覚悟を決めることです。

それと同じように難しいけれど重要なのが、お互いが胸を開いて本音で関わりあおうとする中で浮上してくる、繋がりを邪魔する自我の囚われや固定的な観念をどんどんほどいて、家族同然のオープンな心の繋がりを確立することです。

お互いに自立した創造主的あり方を身につけ、被害者になることがなくなれば愚痴・不足・不満なども出なくなります。もし現状が嫌なら、人を変えようとするので無く、自らの責任としてありたい状態を創造するという生き方を確立した人たちが繋がりあったとき、そして人間関係にトラブルが生まれたら「その元になった囚われを見つけ掃除する気づきと自己成長のチャンス」と捉えることが日常化したとき、初めて持続可能なコミュニティーが誕生したといえるのではないでしょうか。

③.そのために私に出来ること
私たち夫婦は、このようなオープンで深いつながりを実現する 内面的な掃除を自ら実践しながら、他の人たちにも、その機会を提供していくことを、私たちのライフワークとして取り組むことに喜びを感じております。
また私たちが開いている「あ ほ~庵」も、そのための空間として提供し、「暮らしイキイキ塾」などの学びのチャンスも、引き続き育んで行きたいと思っております。


このような方向性に立ってのワークショップや講演が必要なら、どうぞお気軽に声をおかけください。

長々とお付き合い頂きありがとうございました。 
by mahorobanokimi | 2010-04-24 12:31 | スローライフ随想
子宮祭り2日目の10日は、曇り勝ちながら 光いっぱいで温かいの日でした。

会場は久米南町の文化センター大ホールです。

私たちは、この日舞台裏のお手伝いやお客様の誘導役で朝から会場に入りました。
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今回のプロジェクトの中でも特徴的なイベントの一つが旗揚げです。
私たちの作業は「自分の籏を上げ、自分を生きることから始めよう。」という趣旨で行われた参加者一人ひとりの創作フラグを、会場にしつらえられた大きな半球型の骨組みに、この籏を貼り付けていくことから始まりました。
妻の由実と、わざわざこの日のために三重県の名張から応援に来てくれていた赤目の森の妖精、愛さんは、この日、参加者を案内して場内にお連れする役目をいただきました。
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写真を見ていただけば分かるように、この日大ホールの客席は、地球に見たてられた旗揚げの半球と、バンドやゴスペルを歌うクワイアーの場所になっています。
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そしてなんとお客様は全員、子宮に見たてられた舞台の上に誘導されているのです。
つまり、この日の演奏会を終わり、自立の決意をしたお客様たちは、出産の型示しのように、子宮である舞台から、外の世界に出て行くという演出だったのでした。
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この日のために、一般公募で集まったクワイアーのメンバーたちが、練習を重ねてきた新しい曲を次々披露し、次第に会場は熱気に包まれていきます。
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そしてフィナーレは、クワイアーの人たちも全員が舞台に上がり、お客様たちとともに合唱し、ハグしあってエンディングを祝福し、産道を降りていかれました。
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私は本番中、ビデオ撮影のお役を頂いていたので、ほとんど写真が無くアップできませんが、エンディングの間、やり遂げた感激からかToshi小島夫妻が抱き合ったままで演奏を続けておられたのが印象的でした。

参加者の数はそれほど多くなかったにせよ、直子さんの見守りの中で、自分子供を自宅で自然分娩したお母さんたちの参加も多く、本来自然の命の力や叡智の素晴らしさを実感している人たちが、自分らしい人生を創造してゆく自立の決意を新たにされた意義は大きいものがあると思いました。

少子化の波の中で、母親が男の子を溺愛し、腑抜けになった男子が増殖中のこの国にあって、自らが自立することで、子供たちの自立も的確にサポートできるようになった母親たちが増えることは、この国を立て直す大きな原動力になるだろうなと考えながら、今回の2日にわたるイベントに、大拍手を贈りつつ会場を後にしました。
by mahorobanokimi | 2010-04-13 19:00 | スローライフ随想